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教師の仕事


職業人としての技術!

   
   素人でも言える指示する言い方
   
 ところで、お話を具体的なものにしたいと思います。
国語の話として、まず書かせることを例にとりましょう。
 まず、文章を書く力をつけたいと考えます。「どうも
みんなすらすらと思うように書けないようだ。書く力を
つけたいものだなあ」と思ったとします。これは、子ど
もが書けないのをみれば、教師はだれでも思うことです。
それは一つの慈悲であり、子どもに愛情をもっているか
らと言えましょう。書けなくて困ったり、自分の心の中
のことを文字にできないようだったら、人間として不十
分だと思います。ですから、心の中のことがすらすら文
字になったら幸せです。逆にそういう技術をもたせなか
ったら、世の中に出て生活していくことがむずかしいの
では、とさえ思います。
 その力をつけたいときに、ふつう、「もっと書き慣れ
てごらん」とか、「日記を毎日つけてごらん。そうすれ
ば書き慣れてうまくなるから」とか、「もっと一生懸命
自分の周囲を見て、思ったことがあったら書いたらどう
か」など、そういったようなことがよく言われます。私
はそういうことで、子どもにほんとうに力がつくのかど
うか、疑問だと思います。日記を毎日つけていると、ほ
んとうに大丈夫なのでしょうか。また「日記をつけなさ
い」と言ったことによって、子どもが毎日ずっと続けて
書くでしょうか。ことばで言っただけでは、全く日記を
つけない子はたくさんいるのではないでしょうか。先生
の一言によって一生日記を書いた人もあります。中には
そういう人もありますが、本人に備わっていた力を考え
ずにはいられませんし、そしてまれな例であると思いま
す。
 とにかく、そういう指示する言い方、それは素人でも
言えると思うのです。先に私は、教師という職業人とし
て徹したいと申しました。その立場で、こういう場合、
素人では言えないことを言いたいと思います。まず、「
一生懸命なさい」とか、「書き慣れなさい」とか、そう
いう指示だけすることば、子どもに指図する、命令する、
そういったようなことは、あまり先生の言うことばとし
て価値のあることばではないのではないか。つまり、命
令すればやるものと思ったりすることが、教師としての
甘さで、命令が出ても、その通りにやる人やれる人がは
たして何人教室の中にいるでしょうか。やらないのはそ
の生徒が悪いのだと言ってしまっては、本職を放棄した
ことになります。言ってやらない人にやらせることが、
こちらの技術なのですから。
 そう考えますと、書く練習をするときは、「書く練習
をしなさい」と言うようなことではとてもだめです。ほ
んとに書かせなくては、だめなのです。それも、書くこ
と、書きたいことが胸にないという状態では、書く練習
はできません。書くことが心にない人は書き表わすわけ
にはいかないと思います。それから、書かないとしから
れると思って書くことがありますが、そういうほんとう
に書きたいということがわいてこない状態で書かせると、
つまらないことをダラダラと書いたりします。それでは
書くことの練習にならないのですが、似て非なる練習の
ようなことが、練習したことになってしまったりします。
書く練習をしようと思ったら、まず書き表わしたいこと
を心にもたせることです。書くことが胸からあふれそう
な、そういう状態を子どもにつくって、思わずそれを書
きたくなるように、それからそれへと展開していくよう
にさせなければならないでしょう。そういう気持ちにさ
せるのは、専門職の教師でないとなかなかできないもの
です。
「書きなさい、しっかり」と言うのは、お母さんでもだ
れでも言えますけれども、子どもを書きたい気持ちにさ
せるというのは、容易ならざることだと思います。それ
をやるのが教師の仕事ではないでしょうか。まず書くこ
とがあるようにして、そこから自然に「書く」という活
動に流れていくようにする、――それが専門職らしい仕
事であると思います。
 

   身をもって取材してみせる  私のたいへん尊敬し、お慕いしておりましたかたに、 戦前ですが、都立八潮高校(当時、府立第八高女)の山本 猛校長がございます。この先生がご就任になった時、国 語の先生にお願い、歴史の先生にお願い、というふうに、 各教科担任に対し、お願いという形で、いかにもご自身 で発見されたことのわかる、個性的な提案をされました。 その時の「国語の先生にお願い」は、「遠足のあとに作 文を書かせないでください」ということでした。思わず 苦笑してしまいました。当時はそういう行事のときは、 絶好チャンスと思って、書かせることが多かった時代で すから。 旅行に行っているあいだ、あとで作文を書くことを考え て、その場その場で感じたり、味わったり、楽しんだり することができないようなことをしないようにと思って います。

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