京洛四季 東山夷魁






■若 竹
■葵  祭
■虹と塔
■宵山(よいやま)
■祇園祭

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若 竹
 筍が伸び、下の節から褐色の皮を脱いで、若竹となる。
白い粉を吹いたような青白緑色の若々しい茎。鮮やかな
緑のもの、やや茶褐色を混ぜた色の茎と、竹林の初夏の
色彩は変化に富んでいる。
 力強く画面を切る垂直の線、傾斜し交錯する線の列に、
水平に刻みこまれた節。
近くの茎では、ゆったりとした節の間隔が遠くへ行くほ
ど小刻みになる。黄土色の土の上に散り敷いた竹の落葉
に描かれた光と影の縞模様。
 向日町から、長岡、山崎あたりの広大な竹林は、初夏
の陽に照らされて明るく、生々として、潤いと陰影に富
む京都風景の中では、異質な感じと云えよう。この頃の
よく晴れた日に、竹に蔽われた山の眺めは、若葉の焔が
燃え立つように眩しい。

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葵 祭
 葵祭の美しさは色彩にある。
 あでやかな色彩が次から次へと現れては流れて行く。
高らかに奏でられている色彩の音律を聴くには、この
祭列が無言であることが、かえって効果的である。
 十二単(じゅうにひとえ)に小忌衣(おみごろも)をつ
け、金色の飾りものを髪に頂いた斎王、色どり美しい
騎女(うまのりおんな)、蔵人(くらんど)軒に垂れる藤
の花がなびく牛車(ぎっしゃ)、赤い手綱や飾りも鮮や
かなの真黒な牛、勅使、随身のおごそかな姿、風流傘
に飾られた鮮麗な花。
 平安の昔、日本人の色彩感が洗練の極に達した時の
有様は、枕草子の中にも、いりいろな角度から度々語
られている。それは、清少納言が特に色彩感覚の優れ
た女性であったということでなく、当時の色彩に対す
る鋭敏さを物語っている。西本願寺三十六家集の料紙
は、宮中の女官の手で作られたのではないかという説
も、うなずかれる点がある。
 平安時代の衣服は袖口や身丈が広く大きくなり、衣
(きぬ)を何枚も重ねて、その色相の対比や調和、濃淡
などによって、薄紅梅とか、卯の花とか菊、枯色とい
うふうに数々のかさね色目が出来ていた。模様と共に
色目は季節と自然との密接な関連をあらわしていて、
このような例は日本の独特のものである。
 建礼門の近くの桟敷で、葵祭の行列を見ながら、日
本の美の遠い感覚に思いを寄せていた。葵祭の美しさ
は色彩にある。

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虹と塔
 山崎を過ぎると雨が止んだ。桂川を渡る頃、大きな虹
が車窓にかかった。銀灰色の空を鮮やかな黄を中心に、
橙(だいだい)から赤へ、緑から青紫へと溶け合うような
七いろの綾を見せて、東山の南から北へと弧を描いてい
る。
 東寺の塔が近づくと、虹の足は塔へおりた。塔が黄色
く半透明に見えた。

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宵山(よいやま)
 陽が落ちて、宵山の提灯に灯が入る頃、河原町へ出て、
四条通りへ行く。電車も自動車も姿を消してゆき、舗道
の人の群れは、いつとなく車道いっぱいに溢れ出て、広
い四条通りは人の波となる。長刀鉾(なぎなたぼこ)の上
から、揃いの浴衣の若い衆が、コンチキチンと鉦(かね)、
太鼓、笛の祇園囃子(ぎおんばやし)のみやびた響きを、
人波の上へ響かせる。提灯の灯に照らされる豪華な織物
の色彩、夕空に高々と聳える鉾頭。
 烏丸通りから錦小路へ曲る。家々は店先から奥まで開
けひろげ、掃き清められた座敷に毛氈を敷き、秘蔵の屏
風を飾る。生け花、盆栽、煙草盆などが涼しげに置かれ
ている。
 占(うら)出山のある小さな祠には、男の児女の児たち
が浴衣を着て、左右に別れて坐り、
「安産のおまもりはこれより出ます。ご信心のおんかた
さまは、受けてお帰りなさいませ。ろうそくいっちょう
献じられましょう」
 と声を揃えて呼んでいる。提灯と蝋燭の光で子供達の
頬はいっそう赤く見える。
 路地には、花火、金魚、風鈴、とうもろこしなどを売
る屋台店が並んで、浴衣がけに団扇を手にした人々で賑
っている。
 あちこちの山にも美しい駒形提灯の灯が入り、お囃子
が流れる。
 宵山の囃子の音は、この鉾町の狭い路上で聞くと、賑
わいの中に一抹のもの淋しい響きを籠めて、郷愁を誘う
音律となる。

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祇園祭

 家ごとの張り巡らされた幔幕(まんまく)、提灯の上に
かざされた傘。かみしも姿の人々が、

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