トップページに戻ります

『天才の勉強術』木原武一 新潮選書


女性遍歴から学ぶ詩人  ゲーテ

   メタモルフォーゼの原理

 このように「ウェルテル体験」はゲーテにとって生涯
の一大事件であったわけであるが、当時の彼の言動をた
どってみると、事態の深刻さとは裏腹に、彼がじつに変
り身のすばやい人間であることを知って、感心するとい
うよりもあきれてしまう。というのは、傷心の思いでシ
ャルロッテ・ブッフのもとを去ったゲーテは、たまたま
立ち寄った知人のところで、またもや恋の花を咲かせ、
こんなことを言っているからである。
「前の恋の情熱が消えやらぬうちに、新しい恋の思いが
心に動きはじめるというのは、なんと快い感情であろう
か」
 このときの相手は、マクシミリアーネという当時十六
歳の少女である。ゲーテはこの少女ととの恋を数週間ほ
ど楽しんでから、故郷のフランクフルトにもどり、二十
五歳のゲーテは、フランクフルトの銀行家の娘で、やは
り当時十六歳のエリザベート・シェ―ネマンに出会い、
例によって一目惚れして、『新しい愛、新しい生命』と
いう詩を書いた。詩人は新しい感激に誘われて、こう歌
う。

  心よぼくの心よ これはどうしたのだ
  ぼくの愛したもの ぼくの悲しみの種
  すべてがまるで嘘のようだ

  断つに断てない
  あの魔法の糸で
  ちょっと軽はずみなあの女は
  有無をいわせずぼくを金縛りだ

  ぼくはあの女の魔法の輪の中で
  あの女のいいようになっているばかり 
  まったく なんという変りようだ!
  愛よ 愛よ! 頼む 放してくれ!

 もちろん、愛がゲーテを放すことはなかった。ゲーテ
は彼女と春に婚約するが、秋には解消された。そして、
その同じ秋に、ゲーテは、それ以後、生涯の定住地とな
るワイマールに赴き、そこで、シャルロッテ・フォン・
シュタイン夫人と出会うことになる。彼女はゲーテより
七歳年上で、三人の子供がいたが、ゲーテの心にはまた
もや「新しい恋の思い」が動きはじめ、さっそく『運命
に寄す』という詩に、「きみこそは前の世にて、わが姉
か、わが妻にありしや?」と書くのである。ひとつの愛
がゲーテを放すと、またすぐ次の新しい愛が詩人をとら
え、そこでまた新しい詩が生れるという、ゲーテの生涯
で何度も見られる情景がここでも再現された。

 

ご意見ご感想はこちらへ
トップページに戻ります
天才の勉強術の目次へ

[PR]動画