最初は話し上手、二度目は聞き上手 今でこそ、どのホテルも営業部門が整備され、宴会の 仕事を受けてくる人、企画を立てる人、実際に展開する 人と、宴会やパーティの進め方も合理化・分業化が確立 されてきました。しかし、私がフリーで宴会セールスを 始めた昭和四十年ごろは、ホテル側から積極的にセール スするという動きは少なかったものです。高度経済成長 という時代の背景もあり、どのホテルでもオープンと同 時にひっきりなしのお客様で、盛況を続けていたためで す。 しかし私は社員ではなく、フリー契約のセールスマン でした。しかも収入は自分がとってきた宴会の総予算か ら、歩合でもらうというシステムです。とにかく外へ出 て、契約をとってこなくてはなりません。しかし困った ことがありました。ホテルの宴会セールスというのは、 いわば見えない商品≠売る仕事です。パンフレット や商品見本があるわけでもなく、ただただ口で「宴会の ご用がございましたら、そのときにはご利用ください」 とお願いするしかないのです。とにかく相手に用件が発 生しないかぎり、この商品は形になりません。 私はそれこそ、ホテルの構造から説明を始め、宿泊は こうなっています、宴会を開く場合はこういう方法があ りますと、最初のころはホテルのPRばかりしていまし た。そして、「何かありましたら、よろしく」と帰って くるしかなかったのです。その当時の私は、相手がうん ざりしようが、面倒がろうが、とにかく自分の話だけは 聞いてほしいとばかり、必死に話しかけてばかりいたも のでした。 しかし私は、二度目にそこを訪れた場合には、絶対に 自分の仕事の話はしないことにしていました。「今年の 秋には、このような企画も用意してますからどうでしょ う」くらいは言いますが、仕事が欲しいという、自分の 必死な姿を出すことはしませんでした。なぜなら、相手 の話を聞かずにこちらのことばかりを押しつけられると きの相手の気持が、どれだけ不愉快なものかがわかって きたからです。 「ところで、この業界は最近好調とお聞きしていますが」 あるいは、いただいた名刺を拝見しながら、 「私どもの営業と違って、メーカーの営業の方はご苦労 が多いんでしょうね」 とか、 「○○会社の△△さんと、大学でご一緒とお聞きしまし たが、やっぱりスポーツに熱中なさっていたんですか?」 とにかく私は、二度目からは相手に話をさせるように 仕向けました。相手も、自分たちのPRになることです から、いやな顔はしません。人間というのは不思議なも ので、相手に自分自身を話すことによって、相手に対す る親しさを増すようなのです。多少とも自分のことを表 に出すと、人間関係が深くなったような気になるのでし ょう。こうして私は、しだいしだいに、自分からしゃべ ることの少ないセールスマンになっていったのです。 「秋田さん。あんたはもっと自分を売り込んでもいいん じゃないの。もっとしゃべったほうがいいよ」と言われ たこともあります。「あなたはセールスマンらしくない セールスマンだなあ」と呆れられたこともありました。 もちろん私の本心は、売りたい一心です。しかし、顔で は、「売れても売れなくても、どっちでもいいんです」 という表情を装います。 今、振り返ってみると、このように攻撃一本でやって こなかったからこそ、二十六年もホテルの世界で生きて こられたのかなあ、と思ったりもします。 押しつけで成功している限りは、ほんとうのセールス マンではありません。むしろ、お客様から来てほしいと 言われるようになってこそ、セールスマンとして一人前 とは言えないでしょうか。 私は、お客様と親しくなり、そろそろ今年も○○会社 のパーティ案が決まるころだろうというときには、「い つもの会のご予定、お決まりになりました? 一応、お 部屋をご用意しておきましょうか」などと電話をかけた りしたものです。そうして部屋を押さえます。相手の先 の先を行くやり方です。こうして準備しておくと、「あ あ、ちゃあんとやっておいてくれたんだね。ありがとう 」となります。もちろん、こうした方法は、つながりの 深いお客様にしか用いることができませんが。 ただただファイトむきだしにするのではなく、一歩さ がって相手を自分の土俵に誘い出す。あるいは、陰でこ っそり準備しておく。そんな方法も、心得ておいて損に ならないでしょう。 |
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