書き出し・最初の一行を集めてみました


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♪ 書き出し ♪

終った。 〔『兵士の報酬』開高健〕
海峡は荒れていた。 〔『飢餓海峡』水上勉〕
夜ふけの町角にひとの影がもつれた。 〔『天馬賦』石川 淳〕
山椒魚は悲しんだ。 〔『山椒魚』井伏鱒二〕
メロスは激怒した。 〔『走れメロス』太宰治〕
風は全くない。 〔『氷点』三浦綾子〕
水を切る静かな櫓音……。 〔『利休 破調の悲劇』杉本苑子〕
風邪が吹くと寒い。 〔『居酒屋兆治』山口 瞳〕
きょう、ママンが死んだ。 〔『異邦人』A・カミュ 窪田啓作訳〕
町は小さくて古かった。 〔『流亡記』開高健〕
或春の日暮です。 〔『杜子春』芥川龍之介〕
白い雲。 〔『日本三文オペラ』武田麟太郎〕
拝啓。 一つだけ教えて下さい。 〔『トカトントン』太宰治〕
秋ちゃん。 〔『オリンポスの果実』田中英光〕
「こいさん、頼むわ。── 」 〔『細 雪』谷崎潤一郎〕
四里の道は遠かった。 〔『田舎教師』田山花袋〕
私が、はじめて天城を越えたのは三十数年昔になる。 〔『天城越え』松本清張〕
あと数分で、二月九日(一九六七年)の午前零時を迎えようとし ていた。サイゴンのほぼ中心部にあるキャラベル・ホテルの屋 上にあがると、夜の市街を一望に見渡すことができた。 〔『戦場の村』本多勝一〕
夜明けまえの暗闇に眼ざめながら、熱い「期待」の感覚をもと めて、辛い夢の気分の残っている意識を手さぐりする。 〔『万延元年のフットボール』大江健三郎〕
メイ・ストーム、五月初旬に日本列島を襲う、あの爽やかな低 気圧が東方洋上に去るのを待ちかねて、ぼくは特急「出雲」に とび乗った。  〔『隠 岐』田村隆一〕
三岡圭助がぬいと一緒になったのは、明治四十二年、彼が二十 二歳、ぬい二十歳、の秋であった。 〔『菊 枕』――ぬい女略歴――松本清張〕
昭和十五年の秋のある日、詩人K・Mは未知の男から一通の封 書をうけとった。  〔『或る「小倉日記」伝』松本清張〕
十二月二十五日の午前五時、メイン・トップ・スクウナ型六十 五噸の海神丸は、東九州の海岸に臨むK港を出帆した。 〔『海神丸』野上弥生子〕
He was an old man who fished alone in a skiff in the Gulf Stream and he had gone eighty-four days without taking a fish. 〔『老人と海』アーネスト・ミラー・ヘミングウェイ〕
大田太郎は山口の紹介でぼくの画塾へくることになった。 〔『裸の王様』開高健〕
飼育室にはさまざまな小動物の発散するつよい匂いがただよっ ていた。〔『パニック』開高健〕
夕方、ベッドのなかで本を読んでいると、ウェイン大尉が全裸 で小屋に入ってきた。 〔『輝ける闇』開高健〕
歌島は人口千四百、周囲一里に充たない小島である。 〔『潮騒』三島由紀夫〕
野も、山も、青葉若葉となりました。 〔『若葉の雨』薄田淳介〕
                  桜の樹の下には屍体が埋まっている! これは信じていいこと なんだよ。 〔『桜の樹の下には』梶井基次郎〕
支那の上海の或町です。 〔『アグニの神』芥川龍之介〕
暗い晩で風が吹いていました。 〔『蛙』林芙美子〕
かくれんぼで、倉の隅にもぐりこんだ東一君がランプを持って 出て来た。 〔『おじいさんのランプ』新美南吉〕
ある晩春の午後、私は村の街道に沿った土堤の上で日を浴びて いた。 〔『蒼 穹』梶井基次郎〕
朝からどんより曇っていたが、雨にはならず、低い雲が陰気に 垂れた競馬場を黒い秋風が黒く走っていた。 〔『競 馬』織田作之助〕
午後から少し風が出て来た。〔『聴 雨』織田作之助〕
寝つきりに寝つくやうになる少し前に修善寺へ行つた。 〔『赤 蛙』島木健作〕
親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。 〔『坊っちゃん』夏目漱石〕
〈検非違使に問われたる木樵りの物語〉 さようでございます。 〔『藪の中』芥川龍之介〕
杉田玄白が、新大橋の中邸を出て、本石町三丁目の長崎屋源右 衛門方へ着いたのは、巳刻を少し回ったばかりだった。 〔『蘭学事始』菊池寛〕 
市九郎は、主人の切り込んで来る太刀を受け損じて、左の頬か ら顎へかけて、微傷ではあるが、一太刀受けた。 〔『恩讐の彼方に(上)』菊池寛〕
富士の頂角、広重の富士は八十五度、文晁の富士も八十四度く らゐ、けれども、陸軍の実測図によつて東西及南北に断面図を 作つてみると、東西縦断は頂角、百二十四度となり、南北は百 十七度である。 〔『富嶽百景』太宰治〕
もしも君が、ほんとにこの話を聞きたいんならだな、まず、僕 がどこで生れたかとか、チャチな幼年時代はだんなだったかと か、僕が生れる前に両親は何をやってたかとか、そういった 《デヴィッド・カッパーフィールド》式のくだんないことから 聞きたがるかもしれないけどさ、実をいうと僕は、そんなこと はしゃべりたくないんだな。 〔『ライ麦畑でつかまえて』J.D.サリンジャー 野崎 孝訳  Little,Brown and Company〕 こうして話を始めるとなると、君はまず最初に、僕がどこで生 れたとか、どんなみっともない子ども時代を送ったかとか、 ……その手のデイヴィッド・カッパフィールド的なしょうもな いあれこれを知りたがるかもしれない。 〔村上春樹訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』〕
「えびをとりに行くの、ヴァンカ?」 〔『青い麦』コレット 手塚伸一訳〕
三本足の犬が、通行人の足元を縫って歩いてきた。 〔『道頓堀川』宮本 輝〕
「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流 れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほ んとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊した大きな黒 い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところ を指しながら、みんなに問をかけました。 〔『銀河鉄道の夜』宮沢賢治〕
2人の若い紳士が、すっかりイギリスの兵隊のかたちをして、 ぴかぴかする鉄砲をかついで、白熊のような犬を二疋つれて、 だいぶ山奥の、木の葉のかさかさしたとこを、こんなことを云 いながら、あるいておりました。 〔『注文の多い料理店』宮沢賢治〕
ことしの夏末に、大連から瀋陽へ行ってきた。 〔『瀋陽の月』水上 勉〕
今日も鏡の中に写る自分の姿を見た。 〔『愛を感じるとき』金賢姫 池田菊敏訳〕
秋は豊饒とロマンの季節だ。 〔『忘れられない女』金賢姫 池田菊敏訳〕
マドリッドにはパコという名前の少年が無数にいる。 〔『世界の首都』へミングウェイ 大久保康夫訳〕
仏教がインドでおこり、仏像などが造りはじめられた記録は紀 元前のことです。 〔『シルクロードの虹』陳立人〕
つい先だっての夜更けに伊勢海老一匹の到来物があった。 〔『父の詫び状』向田邦子〕
山の手線の電車に跳飛ばされて怪我をした。 〔『城の崎にて』志賀直哉〕
長い影を地にひいて、痩馬の手綱を取りながら、彼は黙りこく って歩いた。  〔『カインの末裔』有島武郎〕
往古、西域に楼蘭と呼ぶ小さい国があった。 〔『楼蘭』井上靖〕
九つのヴァンカ・ズーコフは、靴屋のアリアキンのところに小 僧に来てから三月になるが、クリスマスの前夜には寝なかった。 〔『ヴァンカ』チェホフ〕
道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、 雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私 を追ってきた。 〔『伊豆の踊子』川端康成〕
越後の春日を経て今津へ出る道を、珍しい旅人の一群れが歩い てゐる。 〔『山椒大夫』森鴎外〕
木曽路はすべて山の中である。 〔『夜明け前』島崎藤村〕
ひとりの単純な青年が、夏の盛りに、ハムブルクをたって、グ ラウビュンデン州ダヴォス・プラッツへ向った。 〔『魔の山』トーマス・マン 高橋義孝訳〕
春琴、ほんたうの名は鵙屋琴、大阪道修町の薬種商の生まれで 歿年は明治十九年十月十四日、墓は市内下寺町の浄土宗の某寺 にある。 〔『春琴抄』谷崎潤一郎〕
えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。 〔『檸檬』梶井基次郎〕
私は千九百三十五年十二月十日に青森県の小駅で生まれた。 〔『誰か故郷を想はざる』寺山修司〕
それは支那事変の始まった年の秋のことだった。 〔『人間万事塞翁が馬』青島幸男〕
青白い夜が波のように寄せてはかえしている。 〔『愚者の夜』青野聰〕
木立に囲まれ、朝靄の立ちこめる国道を、一台の小型車が疾走 していた。 〔『セーラー服と機関銃』赤川次郎〕
今私の手もとに、古ぼけた一枚の記念写真がある。 〔『山本五十六』阿川弘之〕
或日のことでございます。 〔『蜘蛛の糸』芥川龍之介〕
もはやお忘れであろう。 〔『麻雀放浪記』阿佐田哲也〕
春子は岸本と会う日の朝、少し早めに起きてちらし鮨を作った。 〔『面影橋』阿刀田高〕
目を覚ましました。 〔『壁』安部公房〕
「やっと裏の西洋館が売れましてね」 〔『ジェット・ストリーム』安部譲二〕
……私の記憶はみな何かの季節の色に染まっている。 〔『冬の宿』阿部知二〕
飛行機が着陸態勢に入った。 〔『サンセット・ビーチ・ホテル』新井満〕
覚えているのは花火だけだ。 〔『今はもういないあたしへ…』新井素子〕
新橋を渡る時、発車を知らせる二番目の鈴(ベル)が、霧とま ではいえない九月の朝の、煙った空気に包まれて聞えて来た。 〔『或る女』有島武郎〕
今年七十六歳になる豊乃は、花の手をひいて石段を一歩一歩ふ みしめるように上って行った。 〔『紀ノ川』有吉佐和子〕
朝から話をはじめよう。 〔『マシアス・ギリの失脚』池澤夏樹〕
女は、なかなかにあらわれなかった。 〔『雲霧仁左衛門』池波正太郎〕
ここに切りひらかれたゆたかな水のながれは、これは運河と呼 ぶべきだろう。 〔『鷹』石川淳〕
一九三〇年三月八日。 〔『蒼茫』石川達三〕
雪国で一番いやな季節は、秋から冬への変り目の時分である。 〔『石中先生行状記』石坂洋次郎〕
竜哉が強く英子に魅かれたのは、彼が拳闘に魅かれる気持と同 じようなものがあった。 〔『太陽の季節』石原慎太郎〕
空がふくらんでゆく、あらゆる色彩を待つキャンバスのように。 〔『潮流』伊集院静〕
雨の中を人々はゆっくり歩いていた。 〔『変奏曲』五木寛之〕
子供の泣き声が耳に入って目が覚めた。 〔『火の鳥』伊藤整〕
江美留には、或る連続冒険活劇映画の最初に現われる字幕が年 頭を去らなかった。 〔『弥 勒』稲垣足穂〕
モッキンポット神父は甚だ風采の上らない、目付に険のある、 天狗鼻のフランス人で、ひどく汚ならしい人だった。 〔『モッキンポット師の後始末』井上ひさし〕
樺太で自分の力に余る不慣れな事業をして、その着手前に友人 どもから危ぶまれた通り、まんまと失敗し、殆ど文なしの身に なって、逃げるが如くこそこそと北海道まで帰って来た田村義 雄だ。 〔『放 浪』岩野泡鳴〕
そして私は質屋に行こうと思い立ちました。 〔『蔵の中』宇野浩二
どこから話したら好いかな、と暫く考えてから彼はゆっくりと 語りはじめた。   〔『色ざんげ』宇野千代〕
暁方、部隊長室から呼びに来た。 〔『日の果て』梅崎春生〕
初夏の午後であった。 〔『女 坂』円地文子〕
私は頬を打たれた。 〔『野 火』大岡昇平〕
海は乳色の霧の中でまだ静かな寝息を立てていた。 〔『三匹の蟹』大庭みな子〕
京都の北の郊外、大原に寂光院を初めて訪ねたのは、春の終り というよりももう初夏という方がふさわしい、よく晴れた一日 であった。 〔『建礼門院右京大夫』大原富枝〕
酸性雨が、まっすぐ天空から落ちてくる。 〔『ハイブリッド・チャイルド』大原まり子〕
かの女は、一足さきに玄関まえの庭に出て、主人逸作の出てく るのを待ち受けていた。  〔『母子叙情』岡本かの子〕
まっ赤な嘘というけれど。   〔『背負い水』荻野アンナ〕
今年十八になる長女が、二つから三つにかけての頃だから、十 五六年前ということになる。  〔『なめくじ横丁』尾崎一雄〕
  青春篇 「三州吉良港」一口にそう言われているが、吉良上野の本拠は 三州横須賀村である。  〔『人生劇場』尾崎士郎〕
ひとつの町は、一体どのようにして地上に生まれるのだろうか ──。 〔『風雪平野』長部日出雄〕
将軍が退出になったのは暮六つ近い時刻である。 〔『赤穂浪士』大佛次郎〕
年中借金取が出はいりした。 〔『夫婦善哉』織田作之助〕
大田五郎は山口の紹介で、ぼくの画塾にくることになった。 〔『裸の王様』開高健〕
鉄と石とが響き合う。 〔『宣 告』加賀乙彦〕
彼はまたいつとなくだんだんと場末へ追い込まれていた。 〔『哀しき父』葛西善蔵〕
カワサキのオートバイにまたがって、ぼくは、にぎりメシを食 べていた。 〔『彼のオートバイ、彼女の島』片岡義男〕
S社の入口の扉を押して私は往来へ出た。 〔『足相撲』嘉村磯多〕
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。 〔『雪国』川端康成〕
私は突然眠りを破られ、夜具を刎ねのけて、起き上った。 〔『小便小僧』上林暁〕
列車はいまどこを走っているのか、俺にはまったく見当がつか ない。 〔『背で泣いてる』かんべむさし〕
家康の本陣へ呼び附けられた忠直卿の家老達は、家康から一溜 りもなく叱り飛ばされて散々の首尾であった。 〔『忠直卿行状記』菊池寛〕
たちこめた夜霧のせいばかりではなかった。 〔『夜と霧の隅で』北杜夫〕
明治倶楽部とて芝区櫻田本郷町のお濠端に西洋作の余り立派で はないが、それでも可なりの建物があった。 〔『牛肉と馬鈴薯』国木田独歩〕
わたくしが蓬里さんに弟子入をするようになったのは…そのそ もそもの種出しは、誰あろう、萍人で。 〔『市井人』久保田万太郎〕
ある日あなたは、もう決心はついたかとたずねた。 〔『パルタイ』倉橋由美子〕
「何だってえ」 〔『ぼくらの世界』栗本薫〕
ぼくの二十歳の誕生日は、当人が思い出しもしない間に過ぎて しまった。  〔『黒パン俘虜記』胡桃沢耕史〕
ホテル有明は、大阪阿倍野の繁華街のはずれにあった。 〔『背徳のメス』黒岩重吾〕
七百年も前のこと、下関海峡にのぞむ壇の浦で、長い年月つづ いた平家と源氏との争いに、最後の決着をつける合戦があった。 〔『耳なし芳一の話』小泉八雲〕
このうちに相違ないが、どこからはいっていいか、勝手口がな かった。  〔『流れる』幸田文〕
世おのずから数というもの有りや。 〔『運命』幸田露伴〕
「おい地獄さ行ぐんだで!」 〔『蟹工船』小林多喜二〕
不安から逃避する方法の一つは、世にもくだらないビデオを 観ることだ。 〔『ムーン・リヴァーの向こう側』小林信彦〕
大地がまたはげしくゆれた。 〔『果てしなき流れの果に』小松左京〕
諸君は、東京市某町某番地なる風博士の邸宅を御存知であろ う乎? 〔『風博士』坂口安吾〕
その家が、今、彼の目の前へ現れて来た。 〔『田園の憂鬱』佐藤春夫〕
僕は、古びた手札型の写真を一葉もっている。 〔『自由の彼方で』椎名麟三〕
除夜の鐘が、鳴りはじめていた。 〔『男は度胸』柴田錬三郎〕
まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている。 〔『坂の上の雲』司馬遼太郎〕
まだ夜は明けない。 〔『父子鷹』子母澤寛〕
次の日気がつくと、故障してずっと止まっていた机の上の目ざ まし時計が、動いている。  〔『死の棘』島尾敏雄〕
今年は春から雨の降ることが少なかった。 〔『生活の探求』島木健作〕
蓮華寺では下宿を兼ねた。 〔『破 戒』島崎藤村〕
プールでは、気合のかかった最後のダッシュが行われていた。 〔『プールサイド小景』庄野潤三〕
ホーイ ホーイ …… 〔『橋のない川』住井すゑ〕
洗面道具をかかえたまま、通りの途中ですばやくあたりを見廻 すと、知子は行きつけの銭湯とは反対の方向の小路へ、いきな り走りこんだ。 〔『あふれるもの』瀬戸内晴美
全く夢のような気がします。 〔『愛と死の書』芹澤幸治良〕
世に刺青の美を知る人は少ない。 〔『刺青殺人事件』高木彬光〕
一片の新聞記事から、私の動揺がはじまったことは残念ながら 事実である。 〔『悲の器』高橋和己〕
──アパートの三階の、私の侘しい仕事部屋の窓の向うに見える、 盛り場の真上の空は、暗くどんよりと曇っていた。 〔『如何なる星の下に』高見順〕
「生きて行くことは案外むずかしくないのかも知れない」 〔『蝮のすえ』武田泰淳〕
どんな小説を読ませても、はじめの二三行をはしり読みしたば かりで、もうその小説の楽屋裏を見抜いてしまったかのように、 鼻で笑って巻を閉じる傲岸不遜の男がいた。  〔『猿面冠者』太宰治〕
ベッドに寝たまま、手を伸ばして横のステレオをつけてみる。 〔『なんとなく、クリスタル』田中康夫〕
まったく、則光ったら、なんでこうも私をイライラさせるのか しら。 〔『むかし・あけぼの』田辺聖子〕
七八歳のころ荘十郎は夜中によくはっと飛びおきることがあ った。 〔『霧の中』田宮虎彦〕
「壇さん、洛陽に行きませんか?」 〔『リツ子・その愛』壇一雄〕
それは悩ましい春の頃であった。 〔『疑惑』近松秋江〕
沖田総司が女であるという噂は、東海道を旋風のように走った。 〔『幕末純情伝』つかこうへい〕
四方に窓のある部屋だった。 〔『光の領分』津島佑子〕
NHKテレビのニュースを見ていると、だしぬけにアナウンサ ーがおれのことを喋りはじめたのでびっくりした。 〔『おれに関する噂』筒井康隆〕
十年をひと昔というならば、この物語の発端は今からふた昔半 もまえのことになる。 〔『壷井栄 二十四の瞳』〕
晩飯時間の銀座の資生堂は、いつに変らず上も下も一杯であ った。 〔『縮図』徳田秋声〕
浅黄色の色硝子を張ったような空の色だった。 〔『夢幻泡影』外村繁〕
わたくしは殆ど活動写真を見に行ったことがない。 〔『墨東奇譚』永井荷風〕
地虫が鳴き始めていた。 〔『岬』中上健次〕
「普段からこんな色なんですか、あなたの目」 〔『今夜、すべてのバーで』中島らも〕
記憶の世界は、闇というよりむしろ薄暮の景色に似ている。 〔『麦熟るる日に』中野孝次〕
良平は一升徳利をさげて高瀬屋の店を出た。 〔『梨の花』中野重治〕
私は突然に足を停めた。 〔『死の影の下に』中村真一郎〕
敗戦後、四度目の夏がめぐってきた。 〔『テニヤンの末日』中山義秀〕
フランク安田は、それを見まいとした。 〔『アラスカ物語』新田次郎〕
北国ではあるが、庄内酒田市は雪はけっして多くない。 〔『風の棲む町』ねじめ正一〕
堺の家では、朝寝も利休には愉しみのひとつであった。 〔『秀吉と利休』野上彌生子〕
草もなく木もなく実りもなく吹きすさぶ雪風が荒涼として吹き 過ぎる。  〔『暗い絵』野間宏〕
ぼくは金物屋の前で立ちどまった。 〔『草のつるぎ』野呂邦暢〕
北九州の或る小学校で、私はこんな歌を習った事があった。 〔『放浪記』林芙美子〕
以前その通りには都電が走っていた。 〔『岬一郎の抵抗』半村良〕
憲兵隊から病院へ戻って来ると、もう日暮れだった。 〔『施療室にて』平林たい子〕
高級マンションの台所は、どういうわけか昼間でも電気をつけ なければならないように出来ていた。 〔『女たちの家』平岩弓枝〕
若い新聞記者の鈴本定吉は近頃憂鬱に苦しめられ始めた。 〔『神経病時代』広津和郎〕
町の通りから横町に曲って、終りの家が「兄貴」の家だ。 〔『花に舞う』深沢七郎〕
夕焼が美しい。 〔『世界の終り』福永武彦〕
貝沼金吾が近寄ってきた。 〔『暗殺の年輪』藤沢周平〕
ほんの一刻(とき)、明治の末に、大阪の寄席で、桂馬喬の芸は 居並ぶ大家の落語よりも人気を集めた。  〔『鬼の詩』藤本義一〕
昭和二十年八月九日の夜十時半頃、はげしく私の官舎の入口を たたく音が聞こえた。  〔『流れる星は生きている』藤原てい〕
長い雨期の終り。  〔『花の生涯』舟橋聖一〕
そのロボットはうまくできていた。 〔『ボッコちゃん』星新一〕
芥川龍之介の短編に、『神神の微笑』というのがある。 〔『海鳴りの底から』堀田善衛〕
それらの夏の日日、一面に薄の生い茂った草原の中で、お前が 立ったまま熱心に絵を描いていると、私はいつもその傍らの一 本の白樺の木陰に身を横たえていたのだった。  〔『風立ちぬ』堀辰雄〕
鵙(もず)の声が鋭くけたたましい。 〔『鬼涙村』牧野信一〕
老人は過去を語りたがるものである。 〔『根無し草』正宗白鳥〕
国電蒲田駅の近くの横町だった。 〔『砂の器』松本清張〕
小さな花をつけた二本の草。 〔『年の残り』丸谷才一〕
志乃をつれて、深川へいった。 〔『忍ぶ川』三浦哲郎〕
泡が揺れながら仄明るい水面にむかって上っていくように目覚 めていった。 〔『巣のなかで』三木卓〕
幼児から父は、私によく、金閣のことを語った。 〔『三島由紀夫』三島由紀夫〕
越前(福井県)武生市から南条山地に向って、日野川の支流をの ぼりつめた山奥に、竹神という小さな部落があった。 〔『越前竹人形』水上勉〕
軽便鉄道の停車場のちかくに猫の第六事務所がありました。 〔『猫の事務所』宮沢賢治〕
その年、ぼくは百六十二篇の小説を読んだ。 〔『星々の悲しみ』宮本輝〕
村の南北に通じる往還に沿って、一軒の農家がある。 〔『貧しき人々の群』宮本百合子〕
野島が初めて杉子に会ったのは帝劇の二階の正面の廊下だった。 〔『友 情』武者小路実篤〕
僕は三十七歳で、そのときボーイング747のシートに座って いた。 〔『ノルウェイの森』村上春樹〕
銀座の裏通りのゴチャゴチャと込み入った路地に、オレ達が「 超電導ナイトクラブ」と呼ぶ小さなバーがある。 〔『超電導ナイトクラブ』村上龍〕
ながく庄内平野を転々としながらも、わたしはその裏ともいう べき肘折の渓谷にわけ入るまで、月山がなぜ月の山と呼ばれる かを知りませんでした。  〔『月 山』森敦〕
古い話である。  〔『雁』森鴎外〕
西の低空が真紅に染まっていた。 〔『夜の長い叫び』森瑶子〕
夜十二時をすぎると、日本橋もしずかになる。 〔『ガラスの靴』安岡章太郎〕
砂利の多い道を少年が駈けてゆく。 〔『江分利満氏の優雅な生活』山口瞳〕
ディレクター室田克也は、私の前に坐っていた。 〔『演歌の虫』山口洋子〕
北京の空は紺青に澄みわたり、秋の陽が眩く地面を照らしつけ ている。  〔『大地の子』山崎豊子〕
月もなく星もない寒夜であった。 〔『江戸忍法帖』山田風太郎〕
義夫は朝はんの時が一番苦痛だった。 〔『真実一路』山本有三〕
五代目古今亭志ん生、本名美濃部孝蔵、命名には親孝行をして 蔵のひとつも建ててくれという願いがこめられていた。 〔『志ん生一代』結城昌治〕
わたしは螺旋蒐集家である。 〔『上弦の月を喰べる獅子』夢枕獏〕
真夏の宿場は空虚であった。 〔『蝿』横光利一〕
── どうなるものか、この天地の大きな動きが。 〔『宮本武蔵』吉川英治〕
その頃、街の風物は、私にとってすべて石膏色であった。 〔『鳥獣虫魚』吉行淳之介〕
利根川は関東一の大河である。 〔『渡辺淳一』渡辺淳一〕
井沢恵子は門を出た。―― 〔『美しき闘争』 松本清張〕
               おびただしい人々の頭が、まもなく明けようとする薄病みのな かで、ゆっくりと上下している。 〔『上海ララバイ』村松友視〕
その日、「森むら」へ勤めるようになって初めて四谷の下職の 家まで使いに出された萬理子は、馴れないので手間をとり、帰 りのバスで銀座へ向ったのは日暮であった。  〔『築地川』 芝木好子〕
日本画家滝川清澄の「葛飾暮色」が文展に出品されたのは、大 正四年秋のことで、同じとき上村松園の「花がたみ」も並んで、 ともに賞に入った。  〔『葛飾の女』芝木好子〕
その男が乗って来たとき、だれも注意を向けなかった。 〔『人間の証明』森村誠一〕
ミクロネシアのその島の、柱と草葺きの天井だけでできている 空港建物は、熱い、灰色の霧のような雨の中に煙っていた。 〔『エアポートは、雨』森 瑤子〕
小雨が靄のようにけぶる夕方、両国橋を西から東へ、さぶが泣 きながら渡っていた。 〔『さ ぶ』 山本周五郎〕
「はい、」トウェーンさま、わたしの身の上のことであなた様 のお聞きになりたいことは何なりとお話しいたしますわ」と彼 女は正直そうな目をあだやかに私の顔にすえながら静かな声で 言った、「だって、わたしを気に入って下すって、わたしのこ とを聞きたいと仰るあなた様はご親切でお優しいんですもの」 彼女はさっきから小さな骨のナイフで、頬についた鯨の脂をこ すり落とし、それを毛皮の袖になすりつけながら、北極光が空 から燃えるような光を投げかけているのをぼんやり眺めていた。 〔『エスキモー娘のロマンス』マーク・トウェーン/古沢安二郎〕
『トム・ソーヤーの冒険』って本を読んだことのねえ人だった らば、おらのこともしらねえだろう。 〔『ハックルベリー・フィンの冒険』マーク・トウェーン/野崎孝〕
私たちが自習室で勉強していると、そこへ校長が、平服を着た 「新入」と、大きな机をかついだ小使いを連れてはいってきた。 〔『ボヴァリー夫人』フローベール 伊吹武彦訳〕
ジャーヌは、自分の荷造りをすまして、窓のところへ行ってみ たが、雨はやんでいなかった。 〔『女の一生』モーパッサン 杉 捷夫訳〕
一七九六年五月十五日、ボナパルト将軍は、ロジ橋を渡ってシ ーザーとアレクサンダーが幾多の世紀を経て一人の後継者をえ たことを世界に知らしたばかりの、あの若々しい軍隊をひきい てミラノに入った。  〔『パルムの僧院』スタンダール 生島遼一訳〕
一八二×年の春のことである。 〔『ヴァニナ・ヴァニニ』スタンダール 生島遼一訳〕
ここは大森山王の木原山、うっそうたる緑に囲まれ、耳を聾す るばかりの蝉時雨のなかで、たったいま取り込んできた洗濯物 をたたんでいると、すうーっと眠気がさしてくる。 〔『菊亭八百善の人びと』宮尾登美子〕
「ウヅの地にヨブと名づくる人あり。その人となり完全(まっ たく)かつ正しくて神を畏れ悪に遠ざかる。その所有物(もち もの)は羊三千、駱駝三千、牝驢馬五百、僕も夥(おび)多( ただ)しくあり。此の人は東の人の中にて最も大いなる者なり」 ヨブの物語はこのようにはじまる。神が彼にむかって手をあげ、 癩病をもって彼を襲い、無気力な安逸から目覚ませ、魂に苦悩 を味わせた時までは、ヨブは何不自由のない暮しをしていた。 レオ・ニコラエーヴィッチ・トルストイの精神的歴史もまたこ のようにしてはじまった。彼もまた世の権力者たちの「上座に すわる」人であった。 〔『三人の自伝作家』ツヴァイク全集10 堀内明訳〕
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