『百人一首』
藤原定家が京都の小倉山の別荘で集めたことに因んで、小倉百人一首という。 色紙に書き襖障子に貼っておいたものを、為家がまとめたという……。 すべて、勅撰集から選歌してある。 秋の田のかりほのいほの苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ 天智天皇 春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣干すてふ天の香具山 持統天皇 あしびきの山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかも寝む 柿本人麿 田子の浦にうち出でて見れば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ 山部赤人 奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋はかなしき 猿丸大夫 かささぎの渡せる橋におく霜の 白きを見れば夜ぞ更けにける 中納言大伴家持 天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも 安倍仲麿 わが庵は都のたつみしかぞ住む 世を宇治山と人は言ふなり 喜撰法師 花のいろはうつりにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに 小野小町 これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬも逢坂の関 蝉丸 わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよ海人のつり船 参議小野篁 天つ風雲の通ひ路吹き閉ぢよ をとめの姿しばしとどめむ 僧正遍昭 筑波嶺の峰より落つるみなの川 恋ぞ積もりて淵となりぬる 陽成天皇 みちのくのしのぶもぢずり誰ゆゑに 乱れ初めにしわれならなくに 河原左大臣源融 君がため春の野に出でて若菜摘む わが衣手に雪は降りつつ 光孝天皇 立ち別れいなばの山の峰に生ふる まつとし聞かば今帰り来む 中納言在原行平 ちはやぶる神代も聞かず龍田川 からくれなゐに水くくるとは 在原業平朝臣 住の江の岸に寄る波よるさへや 夢の通ひ路人目よくらむ 藤原敏行朝臣 難波潟短き葦のふしの間も 逢はでこの世を過ぐしてよとや 伊勢 侘びぬれば今はた同じ難波なる みをつくしても逢はむとぞ思ふ 元良親王 今来むと言ひしばかりに長月の 有明の月を待ち出でつるかな 素性法師 吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風を嵐といふらむ 文屋康秀 月見ればちぢに物こそかなしけれ わが身ひとつの秋にはあらねど 大江千里 このたびはぬさも取りあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに 菅家菅原道真 名にし負はば逢阪山のさねかづら 人に知られで来るよしもがな 三条右大臣藤原定方 小倉山峰のもみぢ葉心あらば 今ひとたびのみゆき待たなむ 貞信公藤原忠平 みかの原分きて流るる泉川 いつ見きとてか恋しかるらむ 中納言藤原兼輔 山里は冬ぞ寂しさまさりける 人目も草もかれぬと思へば 源宗千朝臣 心あてに折らばや折らむ初霜の 置きまどはせる白菊の花 凡河内躬恒 有明のつれなく見えし別れより あかつきばかり憂きものはなし 壬生忠岑 朝ぼらけ有明の月と見るまでに 吉野の里に降れる白雪 坂上是則 山川に風のかけたるしらがみは 流れもあへぬもみぢなりけり 春道列樹 ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ 紀友則 たれをかも知る人にせむ高砂の 松もむかしの友ならなくに 藤原興風 人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞむかしの香ににほひける 紀貫之 夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを 雲のいづこに月宿るらむ 清原深養父 しら露に風の吹きしく秋の野は つらぬきとめぬ玉ぞ散りける 文屋朝康 忘らるる身をば思はず誓ひてし 人の命の惜しくもあるかな 右近 あさぢふの小野の篠原しのぶれど 余りてなどか人の恋ひしき 参議源等 しのぶれど色に出にけりわが恋は ものや思ふとひとの問ふまで 平兼盛 恋ひすてふわが名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひ初めしか 壬生忠見 契りきなかたみに袖をしぼりつつ 末の松山波越さじとは 清原元輔 逢ひみての後の心にくらぶれば むかしはものを思はざりけり 権中納言藤原敦忠 逢ふことの絶えてしなくばなかなかに 人をも身をも恨みざらまし 中納言藤原朝忠 あはれともいふべき人は思ほえで 身のいたづらになりぬべきかな 謙徳公藤原伊尹 由良の門を渡る船人かぢを絶え 行方も知らぬ恋の道かな 曽禰好忠 八重葎茂れる宿のさびしきに 人こそ見えね秋は来にけり 恵慶法師 風をいたみ岩うつ波のおのれのみ くだけてものを思ふころかな 源重之 みかきもり衛士のたく火の夜は燃え 昼は消えつつものをこそ思へ 大中臣能宣朝臣 君がため惜しからざりし命さへ 長くもがなと思ひけるかな 藤原義孝 かくとだにえやはいぶきのさしも草 さしもしらじなもゆる思ひを 藤原実方 明けぬれば暮るるものとは知りながら なほ恨めしき朝ぼらけかな 藤原道信朝臣 なげきつつひとりぬる夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る 右近大将道綱母 忘れじの行末まではかたければ 今日を限りの命ともがな 儀同三司母高階貴子 滝の音はたえて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞えけれ 大納言藤原公任 あらあざらむこの世のほかの思ひ出に 今ひとたびの逢ふこともがな 和泉式部 めぐり逢ひてみしやそれともわかぬ間に 雲がくれにし夜半の月かな 紫式部 有馬山猪名の笹原風吹けば いでそよ人を忘れやはする 大弐三位 やすらはで寝なましものをさ夜更けて かたぶくまでの月を見しかな 赤染衛門 大江山いく野の道の遠ければ まだふみもみず天の橋立 小式部内侍 いにしへの奈良の都の八重桜 今日九重ににほひぬるかな 伊勢大輔 夜をこめて鳥のそら音ははかるとも よに逢坂の関は許さじ 清少納言 今はただ思ひ絶えなむとばかりを 人づてならでいふよしもがな 左京大夫藤原道雅 朝ぼらけ宇治の川霧絶え絶えに あらはれ渡る瀬々の網代木 権中納言藤原定頼 うらみわび干さぬ袖だにあるものを 恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ 相模 もろともにあはれと思へ山桜 花よりほかに知る人もなし 大僧正行尊 春の夜の夢ばかりなるたまくらに かひなく立たむ名こそ惜しけれ 周防内侍 心にもあらで憂き世にながらへば こひしかるべき夜半の月かな 三条院 嵐吹く三室の山のもみぢ葉は 龍田の川の錦なりけり 能因法師 さびしさに宿を立ち出でて眺むれば いづくもおなじ秋の夕暮れ 良暹法師 夕されば門田の稲葉おとづれて 葦のまろ屋に秋風ぞ吹く 大納言源経信 おとにきく高師の浜のあだ波は かけじや袖のぬれもこそすれ 祐子内親王家紀伊 高砂の尾の上の桜咲きにけり 外山の霞たたずもあらなむ 権中納言大江匡房 憂かりける人を初瀬の山おろし 激しかれとは祈らぬものを 源俊頼朝臣 契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり 藤原基俊 わたの原漕ぎ出でて見ればひさかたの 雲居にまがふ沖つ白波 法性寺入道前関白太政大臣藤原忠通 瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末に逢わむとぞ思ふ 崇徳院 淡路島通ふ千鳥の鳴く声に いく夜寝ざめぬ須磨の関守 源兼昌 秋風にたなびく雲の絶え間より もれ出づる月の影のさやけさ 左京大夫藤原顕輔 ながからむ心も知らず黒髪の 乱れて今朝はものをこそ思へ 待賢門院堀河 ほととぎす鳴きつる方を眺むれば ただ有明の月ぞ残れる 後徳大寺左大臣藤原実定 思ひわびさても命はあるものを 憂きにたへぬは涙なりけり 道因法師 世の中よ道こそなけれ思ひ入る 山の奥にも鹿ぞ鳴くなる 皇太后宮大夫藤原俊成 ながらへばまたこのごろやしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき 藤原清輔朝臣 夜もすがらもの思ふころは明けやらで ねやのひまさへつれなかりけり 俊恵法師 嘆けとて月やはものを思はする かこち顔なるわが涙かな 西行法師 むらさめの露もまだ干ぬまきの葉に 霧立ちのぼる秋の夕暮 寂蓮法師 難波江の葦の刈り根のひとよゆゑ 身をつくしてや恋ひわたるべき 皇嘉門院別当 玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば しのぶることの弱りもぞする 式子内親王 見せばやな雄島の海人の袖だにも 濡れにぞぬれし色はかはらず 殷富門院大輔 きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに 衣片敷きひとりかも寝む 後京極摂政前太政大臣藤原良経 わが袖は潮干に見えぬ沖の石の 人こそ知らね乾く間もなし 二条院讃岐 世の中は常にもがもな渚漕ぐ 海人の小舟の綱手かなしも 鎌倉右大臣源実朝 み吉野の山の秋風さ夜更けて ふる里寒く衣打つなり 参議藤原雅経 おほけなく憂き世の民におほふかな わが立つ杣に墨染の袖 前大僧正慈円 花さそふ嵐の庭の雪ならで ふりゆくものはわが身なりけり 入道前太政大臣藤原公経 来ぬ人をまつほの浦の夕凪に 焼くや藻塩の身も焦がれつつ 権中納言藤原定家 風そよぐならの小川の夕暮は みそぎぞ夏のしるしなりける 従二位藤原家隆 人もをし人も恨めしあぢきなく 世を思ふゆゑにもの思ふ身は 後鳥羽院 ももしきや古き軒端のしのぶにも なほあまりある昔なりけり 順徳院