独楽吟 全52首

<1〜7>
たのしみは艸のいほりの筵敷ひとりこゝろを静めをるとき
たのしみはすびつのもとにうち倒れゆすり起こすも知らで寐し時
たのしみは珍しき書人にかり始め一ひらひろげたる時
たのしみは紙をひろげてとる筆の思ひの外に能くかけし時
たのしみは百日ひねれど成らぬ歌のふとおもしろく出できたる時
たのしみは妻子むつまじくうちつどひ頭ならべて物をくふ時
たのしみは物をかゝせて善き価惜しみげもなく人のくれし時
<8〜16>
たのしみは空暖かにうち晴れし春秋の日に出でありく時
たのしみは朝おきいでて昨日まで無りし花の咲ける見る時
たのしみは心にうかぶはかなごと思ひつゞけて煙草すふとき
たのしみは意にかなふ山水のあたりしづかに見てありくとき
たのしみは尋常ならぬ書に画にうちひろげつゝ見もてゆく時
たのしみは常に見なれぬ鳥の来て軒遠からぬ樹に鳴きしとき
たのしみはあき米櫃に米いでき今一月はよしといふとき
たのしみは物識人に稀にあひて古しへ今を語りあふとき
たのしみは門売りあるく魚買て烹る鍋の香を鼻に嗅ぐ時
<17〜25首>
たのしみはまれに魚煮て児等皆がうましうましといひて食ふ時
たのしみはそゞろ読みゆく書の中に我とひとしき人をみし時
たのしみは雪ふるよさり酒の糟あぶりて食て火にあたる時
たのしみは書よみ倦るをりしもあれ聲知る人の門たたく時
たのしみは世に解きがたくする書の心をひとりさとり得し時
たのしみは銭なくなりてわびをるに人の来りて銭くれし時
たのしみは炭さしすてゝおきし火の紅くなりきて湯の煮ゆる時
たのしみは心をおかぬ友どちと笑ひかたりて腹をよるとき
たのしみは晝寐せしまに庭ぬらしふりたる雨をさめてしる時
<26〜34首>
たのしみは晝寐目ざむる枕べにことことと湯の煮へてある時
たのしみは湯わかしわかし埋火を中にさし置きて人とかたる時
たのしみはとぼしきまゝに人集め酒飲め物を食へといふ時
たのしみは客人えたる折りしもあれ瓢に酒のありあへる時
たのしみは家内五人五たりが風だにひかでありあへる時
たのしみは機おりたてて新しきころもを縫ひて妻が着する時
たのしみは三人の児どもすくすくと大きくなれる姿みる時
たのしみは人も訪ひこず事もなく心をいれて書を見る時
たのしみは明日物くるといふ占を咲くともし火の花にみる時
<35〜43首>
たのしみはたのむをよびて門あけて物もて来つる使えし時
たのしみは木芽煮やして大きなる饅頭を一つほゝばりしとき
たのしみはつねに好める焼豆腐うまく烹たてて食はせけるとき
たのしみは小豆の飯の冷えたるを茶漬てふ物になしてくふ時
たのしみはいやなる人の来りしが長くもをらでかへりけるとき
たのしみは田づらに行きしわらは等が耒鍬とりて帰りくる時
たのしみは衾かづきて物がたりいひをるうちに寝入りたるとき
たのしみはわらは墨するかたはらに筆の運びを思ひをる時
たのしみは好き筆をえて先づ水にひたしなぶりて試るとき
<44〜52首>
たのしみは庭にうゑたる春秋の花のさかりにあへる時々
たのしみはほしかりし物銭ぶくろうちかたぶけてかひえたるとき
たのしみは神の御国の民として神の教をふかくおもふとき
たのしみは戎夷よろこぶ世の中の皇国忘れぬ人を見るとき
たのしみは鈴屋大人の後に生れその御諭をうくる思ふ時
たのしみは数ある書を辛くしてうつし竟へつつとぢて見るとき
たのしみは野寺山里日をくらしやどれといはれやどりける時
たのしみは野山のさとに人遇ひて我を見しりてあるじするとき
たのしみはふと見てほしくおもふ物辛くはかりて手にいれしとき

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