★貧しさはきはまりつひに歳ごろの
娘ことごとく売られし村あり 結城哀草果
〔『すだま』昭和10年〕
★わが村ゆ売られ売られて能登海の
宇出津港に酌する娘はも 結城哀草果
〔『群峰』昭和21年〕
というアララギの短歌は哀切な想いとともに時代性を伝
えてくれていますが鶴彬の
★凶作の村から村へ娘買い
★つけ込んで小作の娘買いに来る
★姉 妹 つぎつぎに 年貢の穴埋め
★ざん壕で読む妹を売る手紙
★売り値のよい娘のきれいさを羨まれてゐる
はイメージがより具体的で鮮明です。
川柳にはまったく興味がなかった私ですが鶴彬の作品を
偶然に目にした際、絶句し、一瞬にして虜になってしま
いました。ただ、〜
★蟻食いを噛み殺したまま死んだ蟻 鶴彬
という強烈なイメージの作もさることながら小林一茶に
★しづかさや湖水の底の雲のみね 一茶
のような作があるのと同様
★暴風と海との恋を見ましたか
のような作があったのを知るとき、なぜかホッとします。
鶴彬の作品:
蟻食いを噛み殺したまま死んだ蟻
手と足をもいだ丸太にしてかへし
銃剣で奪った美田の移民村
凶作の村から村へ娘買い
つけ込んで小作の娘買いに来る
姉 妹 つぎつぎに 年貢の穴埋め
修身にない孝行で淫売婦
ざん壕で読む妹を売る手紙
玉の井に模範女工のなれの果て
万歳を必死にさけぶ自己欺瞞
売り値のよい娘のきれいさを羨まれてゐる
ロボットを殖やし全員を馘首する
神代から連綿として飢ゑてゐる
米つくる人人 粟 ひえ食べて
墨をする如き世紀の闇を見よ
暁を抱いて闇にゐる蕾
鶴彬(本名:喜多一二)
1909(明治42)年01.01〜1938(昭和13)年09.14。
獄中病死(赤痢で入院し死去)享年29。
「現代の抑圧されている民衆の詩、それが川柳なんだ」
と主張した彼が1928(昭和3)年に詠みこんだロボットと
いうことばに(私は)惹かれます。
下記は『川柳』をつくる上での注意点だそうです。
@重語を避ける
A作者の感想は句の背後に
B「ら」抜きことばに留意
C価値観の押しつけは避ける
D既成概念に寄りかからない
E個人的な断定は避ける
F他人の心理の代弁は独善
G中八音は避ける
H安直な形容語を避ける
I固有名詞の使用に留意
Jことば遊びは避ける
Kテニヲハ(の位置)に留意
L中六音は律子を壊す
M「我」「我が」を濫用しない
N漫然とした数詞を避ける
鶴彬はEFをかなりやってしまっていますね。
才気に走り高慢ちきなところがあった彼は顰蹙(しんし
ゅく)をかっていたようです。師範学校へ行ける資格試
験に合格しながら家庭の事情で果たせなかった挫折感が
性格に少なからぬ影響を及ぼしたのかもしれません。
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