『人生処方詩集』 E・ケストナー 小松太郎訳 角川文庫


E・ケストナー博士の ♪家庭的抒情薬局♪

♪使用法♪
ここでは一部しか紹介できません。
是非、本を手にとられてみてください。
■春が近づいたら
■芸術に理解がたりなかったら
■夢を見たら
■自然をわすれたら
■旅に出たら
■天気が悪かったら
 <工事中> 
■自信がぐらついたら
他:
■年齢が悲しくなったら
■貧乏にであったら
■知ったかぶりをするやつがいたら
■人生をながめたら
■結婚が破綻したら
■孤独にたえられなくなったら
■教育が必要になったら
■なまけたくなったら
■進歩が話題になったら
■他郷にこしかけていたら
■感情が貧血したら
■ふところがさびしかったら
■幸福があまりにおそくきたら
■大都会がたまらなくいやになったら
■ホームシックになったら
■秋になったら
■青春時代を考えたら
■子供を見たら
■病気で苦しんだら
■生きるのがいやになったら
■恋愛が決裂したら
■もし若いむすめだったら
■母親を思いだしたら
■問題がおこったら
■睡眠によって慰められたかったら
■不正をおこなうか、こうむるかしたら
■冬が近づいたら
■慈善が利子をもたらすと思ったら
■同時代の人間に腹がたったら

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春が近づいたら
   待ちかねた春が来た


なるほど そうだ 春が来ているのだ
木々は だらりと 枝を垂れ 窓は おどろいている
空気はやわらかい まるで 綿毛でできているよう
そして ほかのことは みんな どうでもいい
 
今は すべてのオス犬に 花嫁が必要だ
そして ポーニ・ヒュ―チヘンは わたしに言った
太陽には ちいさな 温い手があって
その手であたしの肌を 這いまわるのよ

門番たちは 誇らかに 家の前に立ち
ひとは またしても カフェーのテラスにこしをかけ
もはや 寒さを感じない そして 堂々と姿を見せるこ
 とができる
小さな子供たちのいる者は 郊外につれて出る

たいがいのお嬢さんたちは ひざに ちからがない
そして 甘いクリームが 血管を 流れている
空には ピカピカの飛行船が 踊っている
ひとは うきうきする そして なぜだか知らない

よろしく また 散歩に出るべしだ
青も 赤も 緑も すっかり 色があせてしまった
春だ 地上が 新規に 塗りかえられるのだ
人間は ほほえむ おたがいが 理解しあうまで

こころは竹馬にのり まちを 歩く
バルコニーには チョッキを着ていない男たちが 立ち
木箱に たがらしを 蒔いている
あんな木箱のあるやつは しあわせだ

庭は もはや 見かけが 裸なだけ
太陽は 暖房して 冬に復讐する
毎年 おなじことながら
さすがに いつも 初めてのようだ


   春は前借りで 草はらは まだ 全然 みどりではない 草は くしけずらず 森の中に立ち まるで 千年もたったよう だから もうじき ここに ふうりん草が 咲くのかしら と ひとは思う 葉は なが年の 勤務につかれ あっちで カサカサ こっちで カサカサ まるでバタパンの包み紙が カサカサ鳴るように 風が 森の上で ピアノをひいている あるいは高く あるいは低く しかし 人生を知る者は 知っている きっと ことしも 例年のように なることを 森の中に 一組の夫婦が すわり 春を待っている そのために ふたりを 非難してはいけない たしかに 彼らは 自然を愛している そして 森や野はらに すわりたいのだ 気持ちは 十分 わかる ただ 風邪をひかなきゃいいが
   簿記係が母親へ お母さん きょう洗濯物をうけとりました どんなにお負けをしても ぎりぎりいっぱい というと  こでした 郵便屋は もう1分で まにあわないとこでした どう思います ぼくのカラーはだぶだぶです ふしぎはありません ヒルダとの問題で 休むまもない  のですから この月給では ぼくは結婚しません ぼくは そのことを彼女に説明しました そして 今   彼女は はっきり了解しました これ以上 彼女は待ちません でないと 彼女は齢をと  りぎます お手紙によると ぼくが お母さんの手紙を読まないと  のこと そして お母さんは もう はがきだけしかよこさない  とのこと お手紙によると ぼくはお母さんのことを わすれてし  まった と思っていらっしゃるとのことと 思いちがいです とんでもない…… どんなに もっとたびたび もっとくわしく書きたいか  しれません いつもの あんな週報だけでなしに ぼくは思っていました ぼくがお母さんを愛しているこ  とを お母さんはご存じだと この前の手紙でみると お母さんは それをご存じない  のです ぼくは いま すわりどおしで計算をし 帳面つけをし  ています 5桁の数字を そして いくらやっても ほとんどきり  がなさそうです 何か ひとつ ほかの仕事をさがすべきでしょうか いちばんいいのは どこか ほかの都会で ぼくは とにかく ばかではありません でもなかなか   うまくいかないのです ぼくは 生きてはいますが たいして生きているような  気がしないのです ぼくは 一つの支線で生きているのです これは わびしいばかりではありません 気もすすまな  いのです お手紙によると 日曜日は ブレスラウから来るようで  すね ときに あれはどうなりおましたか ぼくがおねがいし  た 洗濯婦は お雇いになりましたか ブレスラウの人たちが来たら ぼくからよろしくいって  ください
   極上の天気 あんなに悲しかった日は どこへいったのか あんなにぼくたちを参らせていた 悲しさは 陽はかがやき ことしは順調だ しゃくにさわって どなりながら 飛びだしたいようだ 風船玉になって 青空いっぱいに 緑の木々は まっさらに洗われている 空は 巨きな 青い 琥珀織でできている 日光は クツクツわらいながら 鬼ごっこをする ひとは すわって ほほえみ 親密な近所づきあいをす  る 飛ぼうと思えば 飛べそうな気がする 椅子をはなれ コーヒーとお菓子をもって ソファにねるように 白い雲の上にねて ときどき 前にかがんで 考える 「それじゃ あそこのあれがシュプレー河だ」 花と話ができるだろう そして 婚約者をさするように 牧場をさすることも 自分を みじんに分裂させ 感動のあまり 合掌することができるかもしれない 手なんて もう ほとんどそのためにつくられてはいな  いのだが ひとは 疑問でいっぱいになり 髪をひっぱる 陽はかがやく また分別をとりもどしたかのように あんなに悲しかった日は どこへ行ったのか 断然 しゃくにさわって 飛びだしたいようだ ただ いちばんこまる問題は どこへ ということだ
   気圧の葛藤 樹々は横目で 空をジロリ 天気をしらべて ささやく 「ことしは まるっきり わからん さて いっしょに葉を出したものか ひっこめたものか それとも どうだろう」 あたたかだったのが また うすら寒くなった 給仕たちは青くなり のべつ 気にする 「これじゃ いっしょに 椅子を出したものか ひっこめたものか それとも どうだろうな」 男女づれは 夜ふけ 明りを避ける 並木道のベンチに ちょいとためしに こしをかけ 考える 「感情を出したものか ひっこめたものか それとも やっぱり」 春は ことしは神経に来て 言わゆる血に まるっきり来ない 太陽を罐詰にして配達するやつは誰だ? まあ うまくいけば いまは すべて  よくなる もうあたたかだ このままつづくだろうか? つぼみは駆け足ではじまる そして 心も花を咲かせたがっている それゆえ 椅子を出すべし そして 感情をひこっこめるべし あたかも!











芸術に理解がたりなかったら
   ハムレットの亡霊


グスタフ・レナ―は たしかに
トゲンブルク市立劇場の 一流の俳優だった
みんな 彼の品行方正を 知っていた
みんな ふけ役の名優として彼を 知っていた

みんな 彼をほめた その道の大家さえ
そして 淑女たちは 彼がまだすんなりしているとさえ
  感じた
ただ 残念なことに グスタフ・レナ―は
金があると ひどく 酔っぱらった

ある夜 ハムレットをやったとき
彼は ハムレットの父親の亡霊になった
なんと 彼は 墓場を酔っぱらって出た
そして ばかのかぎりを演じた

ハムレットはひどく狼狽した
亡霊が まるっきり 役を忘れてしまったので
そして 場面が はしょられた
レナ―はきいた おれにどうしろって言うんだい

舞台裏では 一座の者が
彼の酔いをさまそうとして
ながながとねかせて 枕をあたえた
たちまち彼は 寝てしまった

こんど 同僚たちがまちがいなく演じた
なぜなら 彼は眠っていて しばらく邪魔をしなかった
 から
それでも やっぱり やって来た しかも
全然 彼の出場でない つぎの幕に

亡霊は 彼の妻の足を踏み
息子の刀をへし折った
そしてオフェリアと ブルースを踊った
そして 王を 客席に投げとばした

みんな おそれて 逃げだした
見物は そんなことには むとんじゃく
こんなにさかんな大喝采は
トゲンブルクはじまって以来のことだった

そして 大がいのトゲンブルク市民は
やっと この芝居が わかった気がした


   見つかった十ペニヒ玉 おれは 十ペニヒ玉の前にひざを折り それを手にとる ああ これが十マーク札であったなら 金に言ってきかせてもわからない ひとの話じゃ 自分の金を 窓から投げるひとがいるそうな 知らまほしきはそのゆくえ 軒なみ 家の前を見てあるく 窓からそとへ飛ぶ金の 落ちゆくさきを だれが知ろう 路にころがっている金は かなりまばらに蒔いてある おれはできるだけひくく腰を折る わが子よ こうしていると おれは 十ペニヒ玉に お祈りしてるような気もちになる おまえの親は貧乏だ ごめんよ
   あるシャンソン歌手の予告 彼女は たいして 美人ではありません でも それは   たいして問題ではありません 美人でなくとも 心配は ご無用 彼女は 女性です そして だれにも引けをとりません そして お腹には音楽がある ぴんからきりまで 人生を知っています おもてから 裏まで 彼女の唄は サロンむきではありません せいぜい メロディぐらいのもの 彼女は 知っていることを うたいます そして 何を  うたうか 知っています それは 唄をきくと わかります そして その唄のいくつかは なん年も ひとのこころに残ります 彼女は らくな高音のCを 軽蔑します そして その声は かならずしも きれいではありませ  ん うたうとき よく こころが痛みます 口先だけで うたうのではないからです 彼女は わたしたちをなぶり物にして からかうことを   知っています わたしたちと おなじぐらい そして その主題について かなりいろんな唄を 知っ  ています そのうちの二つ三つを 彼女は 当店でうたいます
   天 才 未来にむかって飛躍する人間は たおれる そして たとえ飛躍が失敗しようと 成功しようと―― 飛躍する人間は ほろびる
   レッシング 彼の書いたものは ときとして 詩だった しかし 詩作をするためには けっして 書かなかった 目標はなかった 彼は 方向を見つけた 彼は 男だった そして天才ではなかった 彼は 辮髪の時代に生きていた そして 彼自身 彼の辮髪をつけていた  それ以来 多くの頭が生まれたが これほどの頭は 2度と生まれなかった 彼は 不世出の男だった サーベルを振り廻しはしなかったが 言葉で 敵を斬りまくった 降伏しない者は 1人もいなかった 彼は単身で 堂々と闘った そして 時代の窓を 打ち破った 単身で 勇敢であることほど 世に危険なことはない











夢を見たら
   顔を交換する夢


いま話そうとする夢を ぼくが見ていると
何千という人間が その家へおしかけた
そして まるで だれかに 命じられたように
そして だれもが 自分の顔にうんざりしたように
みんなが顔をぬいだ

ひっ越しのとき壁の画をはずすように
ぼくたちは ぼくたちの顔をはずした
それから それを 両手に持った
舞踏会のあとで仮面を持つみたいに
しかし はなやかではなかった その場所は

目もない 口もない 影法師のようにずんべらぼうなの
 が
みんな となりへ手をのばした
もういちど顔ができるまで
手ばやく 音もなく とりかえっこがおこなわれた
見つかりしだい ひとつのやつを取った

急におとなが子供の顔になった
女の顔にひげが生えた
老婆がめかけのようににっこりした
それからみんな駆だした ぼくもいっしょに鏡の前へ
しかし ぼくにはぼくが見えなかった

ますます奪い合いがひどくなった
ひとりが自分の顔を見つけた
大声をあげて 彼は人ごみを押しわけた
そして さんざん 自分の顔を追いかけた
それでも やっぱり見つからなかった 顔はかくれたま
 まだった

ぼくはあの長いお下げの子供だったのか
ぼくがあそこにいる赤毛の女だったのか
ぼくはあの禿げ頭のどれだったのか
ごちゃまぜになった人間の中には
ぼく自身だった人間は全然見えなかった

そのとき ぞっとして ぼくは目をさました 寒かった
だれかがぼくの髪をむしっていた
指がぼくの口と耳をもみくしゃにした
怖ろしさがうすらぐと ぼくはわかった
それは ぼく自身の手だった

完全に安心したわけでは むろん ない
ぼくは ぼくとかかわりのない顔をしていないか
急に跳ね起き あかりをともし
鏡に駆けより 顔をながめ
あかりを消し ほっとしてベッドにはいった


   善良な娘が夢を見る 彼女は カフェーで 彼に出あった夢をみた 彼は 読んでいた そして 食事にこしかけていた そして 彼女を見た そして 彼女に言った 「きみ 本を忘れたね」 彼女はうなずいた そして 背をむけた そして ひそかに ほほえんだ そして 夜ふけの街に出た そして 思った あれをとってこよう 路は 遠かった 彼女は いっしんに走った そして 二つ三つ 鼻唄をうたった 彼女は住居に上った そして しばらく そこにいた そして やっと また でかけた そして 彼女はカフェーにはいると 彼は まだ 食事にこしかけていた 彼は 彼女が来るのを見た そして 彼女をさけんだ 「きみ 本を忘れたね」 彼女は じっと立っていた そして 自分にびっくりし  た そして 合点がうかなかった それから 彼女は またうなずいた ドアのそとに出た もういちど その路をあるくため 彼女は とても くたびれていた それでも行った そ  れでも来た そして とても こしがかけたかったのに 彼は 顔をあげるやいなや 言っただけだった 「きみ 本を忘れたね」 彼女は ひきかえした 彼女は 来た 彼女は行った 階段を 這いおりた そして いくども 彼はきいた そして いくども 彼女は また出かけた   彼女は 永遠を 走るようだった 彼女は泣いた そして 彼は笑った 彼女は口に 涙が流れた 目がさめたあとでも まだ
   ある妻の寝言 夜なかに目がさめたとき びっくりするほど 彼の心臓が鳴った 隣にねていた妻が 笑ったのだった 世界の末日ででもあるような 声だった そして 彼は 彼女の声が訴えるのをきいた そして そのくせ彼女が眠っているのに 気がついた ふたりは 暗がりに めくらでねていたので 彼には 彼女のさけんだ言葉しか 見えなかった 「なぜ もっとはやくわたしを殺さないの」 彼女はきいて 子供のように泣いた そして 彼女の嗚咽は 夢がおしこめられている あの窖(あなぐら)から きこえてくるのだった 「このさき 何年 わたしを憎むつもり」 彼女はさけんだ そして 無気味なほど 静かにねてい  た 「わたしが あなたなしには 生きたいと思わないから それで あなたは わたしが生きてつづけることを望ま ないの」 彼女の問いが そこに立っていた われとわが身を怖れる 幽霊のように そして 夜はくろくて 窓がなかった そして なにごとがあったのか 知らぬらしかった 彼(ベッドの中の夫)は 笑うどころではなかった 夢は真理を愛するという…… しかし 彼はひとりごとを言った「どうなるもんか」 そして 夜は もう 目をさまさないことにきめた そこで 彼は 元気をだして眠った











自然をわすれたら
   森は黙っている

季節は 森をさまよう
目には見えない 葉の中にそれを読むだけだ
季節は 野を 放浪する
ひとは 日をかぞえる そして金をかぞえる
ひとは 都会のそうぞうしだから にげだいたくなる

海なす甍(いらか)は 煉瓦いろに波だち
空には霧がたちこめ さながら灰いろの布(きれ)ででき
 たよう
ひとは 畑と 厩を
みどりの池と 鱒を 夢みる
そして 静かなところへ行きたくなる

こころは 街をうろつくので 猫背になる
木々とは 兄弟のように 話ができる
ひとは そこで こころを交換する
森は黙っている しかし 唖ではない
そして だれが来ても ひとりずつ慰めてくれる

ひとは逃げる オフィスから 工場から
行くさきはかまわない 地球はとにかくまるい
草が知人のようにうなずくところ
そして 蜘蛛が絹の靴下を編むところ
そこで ひとは健康になる


   海水浴場で自殺 きみはここ 自然はあそこ あいにく そのあいだに いろんな邪魔ものがある そこから あえてきみのところへ来るものは ひばまた属の海藻と 魚の香水ばかり きみの目と きみに見られようと 待ちこがれている 海との あいだを のべつ 人が ゾロゾロあるきまわり 見ていると 心臓がくるしくなる 一糸もまとわぬ おなかと おしりが 縦横むじんに 砂の中に 立ったり 寝ころんだり ふとった小母さんたちが トリコットを垂らし 陸にあがったくらげさながら どっちを見ても 目を反(そむ)けたくなる なんにも見まいと 目をかたくとじる だが そうすると よけいいろんなものが見える なにかしなければ と決心する 千のからだをのりこえ 夢中で 海べに走り 水にとびこむ―― やっぱり ここにも おびただしい紳氏たちと 女たち 脂肪は上に浮く けっきょく それは やむをえないの  か 悄然と みどり色の 波にただよう 鼻先に 金褐色の 女がひとり ああ 海にはどこにも空席がない 水平線が 人で覆われている かくては 溺れるほかに 途がない そして 石のように からだを重くする おもむろに 腹いっぱい 水を飲みこむ 海の底では ひとりぼっち
   雪の中のマイヤー9世 雪は 砂糖漬けの果物のように 森の中に たれ下がっ  ている ぐずぐずしずにきのう 出てきて よかった 樹は おそらく 足が冷えることだろう…… だが われわれのようなものが 自然について なにを   知っているだろう 雪は 白砂糖かもしれない 子供の頃 ときどき そんなことを考えた なぜ そのことを きょう思いだすのか そもそも なぜ そのまえに雲がある そのあとで雪がふる だが雪は まず どうして天へのぼるのか 世界は いま言ったように 大きな魅力だ ただ われわれが 全然注意しないだけだ 小さな雪が ちらちら バレーを踊り 大きな山が おおぜい 見物している 雪はふりしきる 大地は寝ている そして ぼくの靴にも つめたい水がはいってくる こんなにひとりぼっちで 森の中に立っていると なんのために オフィスや シネマにいくのか さっぱり わからない そして 急に そんなものが もういっさいいやになる 雪は まる1週間 ふりやまぬと書いてあった じぶんの才能を買いかぶっている人間にとっては 雪の中にひとりでいるなんて なまやさしいことじゃな  い 考える前に 全世界がぐらつく まあいい なるほど あそこにも 小川が一つ流れてい  る そして じぶん以外に なんにもないようなふりしてい  る おそろしく静かだ 騒音のないのが さびしい はじめの幾晩かは さぞ眠れず ベルリンが 恋しくなるだろう    
   1本の木がよろしく 都会から 都会へ 旅行する ハムパンを4枚 もう食べた 列車はよく走る 旅行は順調 ひとは 計算する 延着するかどうか そして 高尚な趣味から解放された 気分になる 窓ごしにそとを見る なんの 目的もなしに 同様に 目をつむっていることも できるのだが それから 横目で 手荷物を見る 列車のそばを 雪が 踊りながらとおり過ぎる 泥の中  に一つの村 そして いくつかの長斜方形 しかし ふだんは これ  が草原なのだ あくびがでる そして 手を上げるのさえ だるい 早くも ひとは 考える おれはくたびれたかしら 右側の婦人は すこし 恥を知るといい これ以上 どうか おしりに近よって来ないように 人間 つかれを忘れるのは じつに早い ひとは 思案する 彼女をよけたものかどうか 彼女は 寄りかかる そして 夢を見ているようなふり  をする そのとき ふと そとに 槲(かしわ)の木を見る あるいは かえでかもしれぬ どっちでもいい とにかく 1本の木にはちがいないのだから そして その時 思いだす そしてびっくりする 20年以来 畑を見なかった つまり 見てはいたのだろう だが 今のようには 最近 花壇を見たのは いったい いつだったか そして 最近 白樺の森を見たのは 庭があることを 忘れていた そして そこに小鳥がいたことを 夕方になるとそれが  啼いた そして 青いすみれがあったことを 母親はそれが好き  だった そして 婦人がますます押してくるあいだに ひとは 悠々と つぎのハムパンに手をだす    
   自動車で田舎を   とくべつ天気のいい日には 空は ほとんど 青い磁器でできたよう そして 巻き雲は ぼくたちが 皿の上に見たような うす墨でかいた 白いマークのよう ひとびとは みんな 元気づき たのしそうに 斜め上を 細目でながめ 自然を賛美する パパは 大胆に 大声をあげる 「この天気じゃ 断然 卵が産みたくなるよ」 (まさか きっとパパは ほらを吹いてるだけだ) そしてパパは正確に操縦する 山を越え 谷を超え パウラ伯母さんは 吐きけがする しかし ほかの親戚は 景色に見とれて うちょうてん そういえば たしかに いい景色 あかるい空気と 牧場のそよ風が ガソリンに たっぷり割られて 頭のまわりを 吹いている テオバルト伯父さんは 見たものをいちいち ふるいにかけて 報告する 伯父さんがいないでも 見えるのに 力のかぎり 歌声をはりあげ 調子よく 運転をつづけつつ 猟区を流れる 人のむれ 車は ますます スピードをだす 「いつまでたっても 森ばかり ビールはどこにもない  ぞ」 耳にきこえるパパの声 だが やっと さがした甲斐があって パパはビールにありつく ぼくたちは菓子に そして 自動車はひと休み 伯母さんは 給料の不平を言う そして そろそろ 寒くなる それから ぼくたちは帰路につく
   極上の天気 あんなに悲しかった日は どこへいったのか あんなにぼくたちを参らせていた 悲しさは 陽はかがやき ことしは順調だ しゃくにさわって どなりながら 飛びだしたいようだ 風船玉になって 青空いっぱいに 緑の木々は まっさらに洗われている 空は 巨きな 青い 琥珀織でできている 日光は クツクツわらいながら 鬼ごっこをする ひとは すわって ほほえみ 親密な近所づきあいをす  る 飛ぼうと思えば 飛べそうな気がする 椅子をはなれ コーヒーとお菓子をもって ソファにねるように 白い雲の上にねて ときどき 前にかがんで 考える 「それじゃ あそこのあれがシュプレー河だ」 花と話ができるだろう そして 婚約者をさするように 牧場をさすることも 自分を みじんに分裂させ 感動のあまり 合掌することができるかもしれない 手なんて もう ほとんどそのためにつくられてはいな  いのだが ひとは 疑問でいっぱいになり 髪をひっぱる 陽はかがやく また分別をとりもどしたかのように あんなに悲しかった日は どこへ行ったのか 断然 しゃくにさわって 飛びだしたいようだ ただ いちばんこまる問題は どこへ ということだ











旅に出たら
   センチメンタルな旅行


ああ やりきれない 独りぼっち
見るもの 聞くもの 勝手がちがう
そして 靴の中には 石っころ
そして ワイシャツの下には 石っころ
ホームシックを感じる

教わったとおり 見物し
めったやたらに 乗り廻る
これはこれはと 感心はするが
心がよそに賃貸ししてあるので
退屈しのぎになるばかり

いいかげん1人ぐらい だれかに挨拶してくれるといい
 のだが
手紙だけでなく きみたちが 出かけて来てくれると
なにしろ 砂漠に立ってるみたいに 口あけて
いもしない神の ブロンズの胸像に
ポカンと見とれているのでは

望みによっては もちろん
まるっきり別な胸像を 見ることもできる
(入場料ひきかえに まさか そんな不名誉なことは)
思案のあげく それはやめにする
ほかにもたくさん 見たいものがあったけど

さよう この世は公園さながら
約束でもしたように 待っている
しかし いくら待っても 待ちぼうけ
それから あとで 絵ハガキを書く
当地は大にに気に入り申候と

夜は 窓から 首をのばし
阿呆のように 頭をかがめ
メス猫たちの 泣くのを聞く
そして翌朝は みごと
気管支カタルに罹る


   リュクサンブール公園 この公園は 天国ののまぢかにある そして それを知っているかのように 花が咲いている 小さな男の子たちが 大きな輪をころがし 小さな女の子たちが 大きなリボンをつけている 何をさけんでいるのか よくわからない なぜなら ここは外国の パリという都なので ここにいると ひとはみな 謹厳な紳士たちさえ 地球が一つの星だ と感じる そして子供たちは かわいらしい名まえをもっていて 石像さえも(たいがいは淑女たちだが) (ゆるされさえすれば)わらいそうだ どよめきと 歓呼が 風とともにとおり過ぎる 音楽のようだ そのくせ ただの騒音にすぎない びっくりするので まりが 跳ね上って逃げる はしゃいだ小犬が 1匹 ふざけている ニグロの少年たちは かくれなきゃならない ほかの少年たちは お巡りさんだ 母親たちは 読んでいる それとも夢を見ているかのか そして 誰かが泣くと とび上る すらりとしたお嬢さんたちが 路を歩いてくる みんな 若い そして この大ぜいの子宝を見て ひどくはにかみ 頭がボオッとする そして それから なんだか怖くなる
   海水浴場で自殺 きみはここ 自然はあそこ あいにく そのあいだに いろんな邪魔ものがある そこから あえてきみのところへ来るものは ひばまた属の海藻と 魚の香水ばかり きみの目と きみに見られようと 待ちこがれている 海との あいだを のべつ 人が ゾロゾロあるきまわり 見ていると 心臓がくるしくなる 一糸もまとわぬ おなかと おしりが 縦横むじんに 砂の中に 立ったり 寝ころんだり ふとった小母さんたちが トリコットを垂らし 陸にあがったくらげさながら どっちを見ても 目を反(そむ)けたくなる なんにも見まいと 目をかたくとじる だが そうすると よけいいろんなものが見える なにかしなければ と決心する 千のからだをのりこえ 夢中で 海べに走り 水にとびこむ―― やっぱり ここにも おびただしい紳氏たちと 女たち 脂肪は上に浮く けっきょく それは やむをえないの  か 悄然と みどり色の 波にただよう 鼻先に 金褐色の 女がひとり ああ 海にはどこにも空席がない 水平線が 人で覆われている かくては 溺れるほかに 途がない そして 石のように からだを重くする おもむろに 腹いっぱい 水を飲みこむ 海の底では ひとりぼっち
   雪の中のマイヤー9世 雪は 砂糖漬けの果物のように 森の中に たれ下がっ  ている ぐずぐずしずにきのう 出てきて よかった 樹は おそらく 足が冷えることだろう…… だが われわれのようなものが 自然について なにを   知っているだろう 雪は 白砂糖かもしれない 子供の頃 ときどき そんなことを考えた なぜ そのことを きょう思いだすのか そもそも なぜ そのまえに雲がある そのあとで雪がふる だが雪は まず どうして天へのぼるのか 世界は いま言ったように 大きな魅力だ ただ われわれが 全然注意しないだけだ 小さな雪が ちらちら バレーを踊り 大きな山が おおぜい 見物している 雪はふりしきる 大地は寝ている そして ぼくの靴にも つめたい水がはいってくる こんなにひとりぼっちで 森の中に立っていると なんのために オフィスや シネマにいくのか さっぱり わからない そして 急に そんなものが もういっさいいやになる 雪は まる1週間 ふりやまぬと書いてあった じぶんの才能を買いかぶっている人間にとっては 雪の中にひとりでいるなんて なまやさしいことじゃな  い 考える前に 全世界がぐらつく まあいい なるほど あそこにも 小川が一つ流れてい  る そして じぶん以外に なんにもないようなふりしてい  る おそろしく静かだ 騒音のないのが さびしい はじめの幾晩かは さぞ眠れず ベルリンが 恋しくなるだろう
  汽車旅行 世界はまるい ひとは旅にでる 神経衰弱を なおすため そして 百姓たちが 線路の立っている まるで 写真でも とられるように 城がひとつ そして 鏡のように平らな湖と 紅い けし畑が 見える 風景は レコードのように まわる 神の 巨きな蓄音機のように 急行列車はばく進して 休みそうもない 線路にそって ニワトリが うなずいている 窓の前では 電信柱が 風に吹かれている 瀬戸物でできた 鈴蘭のように 電線が ひくく 落ちてはのぼる 電信柱が ときどき ひざの中にはいる まるで われわれの前で おじぎをしているようだ われわれは まったく へんな気もちになる われわれは 帽子をもち上げて 彼らに会釈する そして だまっている
   永遠の愛の実例 黄いろいバスで その町をとおった はいったと思ったらすぐに出た 最初の家 最後の家 それっきり 名前を ぼくは わすれたのか いったい ぼくは 読んだのか 葡萄と まきばの あいだの ヘッセンの田舎町 きみが ふと ぼくをながめたとき きみは みどりいろの格子垣に よりかかっていた それから ぼくは ふりかえった きみは会釈をした きみとよんでは いけないか あらかじめ ゆるしを乞う ひまがなかった ぼくはきみとよぶ ぼくは ひたすら ねがった きみのそばにいたらと きみも おなじ思いではなかったか ぼくとおなじ心では 偶然には 分別がない 偶然は めくらだと言われる ぼくたちに手をあたえて ふいにひっこめた おくびょうな子供のように ぼくは かたく 信じることにきめた きみこそ まさしく そのひとだったと ぼくから このまぼろしを 奪うことは できない きみはそれを知らないから きみは みどりいろの格子垣に ほほえみながら より  かかっていた タウヌス山脈の中だった ヘッセンだった 村の名は わすれた 愛は滅びない
   海抜1200bの紳氏たち 彼らは 大きなホテルに すわっている ぐるりは 氷と 雪だ ぐるりは 山と 森と 岩だ 彼らは 大きなホテルに すわり のべつ お茶を飲んでいる 彼らは スモーキングを着ている 森の中では 氷が メキメキ鳴っている 小鹿が1匹 もみの森の中を 跳んでいる 彼らは スモーキングを着て 郵便を 待ちこがれている 彼らは 青いホールで ブルースを踊っている そとでは 雪が降っている ときどき いな光りがして 雷が鳴っている 彼らは 青いホールで ブルースを踊っている そして ひまがない 彼らは 自然を 大いに賛美し 旅行を 奨励する 彼らは 自然を 大いに賛美し 近傍は 絵ハガキで知っているだけ 彼らは 大きなホテルに腰をかけ さかんに スポーツを 語る それでも いつかは 毛皮の外套を着てあらわれる 大きなホテルの 門の前に そして 自動車で また 行ってしまう
   1本の木がよろしく 都会から 都会へ 旅行する ハムパンを4枚 もう食べた 列車はよく走る 旅行は順調 ひとは 計算する 延着するかどうか そして 高尚な趣味から解放された 気分になる 窓ごしにそとを見る なんの 目的もなしに 同様に 目をつむっていることも できるのだが それから 横目で 手荷物を見る 列車のそばを 雪が 踊りながらとおり過ぎる 泥の中  に一つの村 そして いくつかの長斜方形 しかし ふだんは これ  が草原なのだ あくびがでる そして 手を上げるのさえ だるい 早くも ひとは 考える おれはくたびれたかしら 右側の婦人は すこし 恥を知るといい これ以上 どうか おしりに近よって来ないように 人間 つかれを忘れるのは じつに早い ひとは 思案する 彼女をよけたものかどうか 彼女は 寄りかかる そして 夢を見ているようなふり  をする そのとき ふと そとに 槲(かしわ)の木を見る あるいは かえでかもしれぬ どっちでもいい とにかく 1本の木にはちがいないのだから そして その時 思いだす そしてびっくりする 20年以来 畑を見なかった つまり 見てはいたのだろう だが 今のようには 最近 花壇を見たのは いったい いつだったか そして 最近 白樺の森を見たのは 庭があることを 忘れていた そして そこに小鳥がいたことを 夕方になるとそれが  啼いた そして 青いすみれがあったことを 母親はそれが好き  だった そして 婦人がますます押してくるあいだに ひとは 悠々と つぎのハムパンに手をだす
   ひとり者の旅 ぼくは 母と 旅行している…… ぼくらは フランクフルト バーゼル ベルンをとおり ジュネーヴ湖に来た それから そのへんをひと廻りし  た ときどき 母は 物価をののしった 今 ぼくらは ルツェルンに来ている スイスはきれいだ ひとは それになれなければならな  い ひとは 山々に登り 湖水をわたる あまり美しいので ときどき おなかが痛くなる 息子たちと旅行している 母親たちに よく出あう 自分の母親と旅行をする こんなにたのしいことはない とにかく 母親たちは いちばんいい女性なのだから ぼくたちが少年だったころ 彼女たちはぼくたちと旅行  をした それから 何年か経たあと いま ぼくたちと旅行する まるで 彼女たちが子供ででもあるように 彼女たちは いちばん高い峰を おしえてもらう 世界が もういちど 絵本のようになる 湖水が完全にぼやけると 彼女たちと口をつぐむことが  できる そして 列車に乗るときは いつも ショールを心配する いつものように はじめは おたがい まだすこし慣れ  ない おたがいが よぎなく 離れて暮らすようになってから ひとは 今 おなじ部屋に寝る かつてのように そして「おやすみ」を言う そして電燈のあかりを消す そして おたがいに 一つ キッスをする しかし 慣れないうちに おしまいになる ぼくらは ぼくらの母たちを うちまで送っていく ハウボルト夫人は言う わたしはとてもすてきだと思う  わ それから ぼくらは ぼくらの母たちと かんたんに手  を握り また 世の中にとびだす











天気が悪かったら


   謙譲への勧誘


事情が どうあろうと
そして たとえ われわれに 気にいらないでも
人間は この世の窓の
かげろうのようなもの

ほとんど かわりない
じっさい また どんなちがいがあろう
ただ かげろうには 足が6本ある
そして 人間には せいぜい 2本


   じめじめした11月 あなたの戸棚の中に 忘れられている いちばん古い靴を はくんですよ ほんとうに ときどき 雨が降っても 街を歩くといいんですよ たしかに すこし 寒いかもしれません そして 街は 索漠としているかもしれません それでも かまわず 散歩するんですよ そして できることなら ひとりで 雨は 枝のあいだを ものうそうに 降っています そして 舗道は 青い鋼のように光っています そして 雨が 残りの葉を むしりとっています そして 木は 年をとって まる坊主になっています 晩になると 10万の灯が つるつるとアスファルトの上に しとしと音をたてて落  ちます そして もうちょっとで 水たまりに 顔ができます そして 傘が 一つの森になる まるで 夢の中を歩くようじゃないですか ところが やっぱり 都会を歩いているにすぎないので  す そして 秋は 千鳥足で 木にぶつかる そして 梢では 最後の葉が揺れています 自動車に 気をつけてください 寒かったら どうか おうちへお帰りになってください さもないと 鼻風邪まで もって帰ることになる そして――すぐに 靴をぬいでください
   秋は全線に 今や 秋は 風に拍車をかける 色とりどりの 葉のカーテンが揺れる 路は ドアのあいている 廊下さながら 年は 月賦で過ぎる それも また もうすこしで終ろうとしている そして ひとのすることは 行為であることはまれだ ひとのすることは 見せかけだ 太陽は あたかも 照らしているかのよう それは ぼくらを 冷したままだ それは 見せかけに  照らしている ひとは 胃の腑を 引き綱につなぐ 胃はうなる それは餌をほしがっている 葉は いろあせ ますます黄ばみ 枝に別れをつげて 落ちる 地球は自転する 酒を飲むとき はっきり それに気がつく ひとは いったい ほんとうに ただ 歳月のように過ぎ去るためだけ 生れたのだろうか 路は ドアのあいている 廊下さながら 時は巡邏(じゅんら)する ぼくらは 一歩一歩 そのあとにつづく そして おもむろに わすれられていく ぼくらは 案内される ぼくらは いっしょに走る ひとは つめたい表情で 世間に挨拶する そのにこやかさは 本心ではない 色とりどりの葉の カーテンが揺れる 今や 雨さえも降っている 天が泣いている ひとは ひとりぼっち そして このままだろう ルートは旅行中だ そして 連絡は たんに 文通だけ もはや 恋愛は むかしがたり 勝負は 徹底的に 負け それにもかかわらず それはつづくだろう 路は ドアのあいている 廊下さながら
   気圧の葛藤 樹々は横目で 空をジロリ 天気をしらべて ささやく 「ことしは まるっきり わからん さて いっしょに葉を出したものか ひっこめたものか それとも どうだろう」 あたたかだったのが また うすら寒くなった 給仕たちは青くなり のべつ 気にする 「これじゃ いっしょに 椅子を出したものか ひっこめたものか それとも どうだろうな」 男女づれは 夜ふけ 明りを避ける 並木道のベンチに ちょいとためしに こしをかけ 考える 「感情を出したものか ひっこめたものか それとも やっぱり」 春は ことしは神経に来て 言わゆる血に まるっきり来ない 太陽を罐詰にして配達するやつは誰だ? まあ うまくいけば いまは すべて  よくなる もうあたたかだ このままつづくだろうか? つぼみは駆け足ではじまる そして 心も花を咲かせたがっている それゆえ 椅子を出すべし そして 感情をひこっこめるべし あたかも!
   雨の日の朗吟 雨は 降りあきない 気のめいるような 撚り糸が降る こんなとき 頭蓋骨のうすい者は 脳味噌の中へ雨が漏る のどがちくちくする 背中が凝る バクテリアのむれがうなる 雨は しだいに 心臓に達する いったい どうなるのだろう 雨は 皮膚に 孔をあける そしてよくあるように この憂うつが 皮下に発生して それがぼくたちをめいらせる ぼくたちは 多孔質にできているのだ 数週間以来 雲の樽がころがっている 地平線から 地平線にむかって 褐色のフロントをもった 向こう側の新築は 雨のため 日ごとに 色があせる 今ではブロンドだ 太陽は 蛾よけの袋をすっぽりかぶせられ まるで もはや 生きていないかのよう ああ ひとが悲しげにとぼとぼ歩く並木道は さむざむとして 人かげがない ひとは ベッドにもぐる 雨の中にしょんぼり立っているより このほうが気がき  いている これでは とても やりきれぬ これが このうえ そうつづいては


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