絶望からの出発 私の実感的教育論


与える立場の豊かさを教える  曽野綾子

■乞食がいなくなったことの功罪
■他人よりトクをしたがる新しい乞食層
■もらう立場にたつ人の人生はいつもみじめである

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乞食がいなくなったことの功罪
 何度か、ここで書いたけれど、私の育った家は東京の
中産階級の、しかもあまり円満とはどう見ても言えない
家庭だった。しかし、今思いなおしてもよかったと思う
のは、私の家に、生まれによる差別の意識が全くなかっ
たことと、両親がお金に対してあまり「汚く」ないこと
だった。
 父はよく、母に「もらっておかないようにしなさい」
という意味のことを言っていた。それは、頂いたものに
はすぐお返しを送りつければいい、ということではなく、
ひとから貰えばトク、という気持はいけないのだ、とい
うことであった。
 初めに別の角度から、言いわけめいたことをしておか
ねばならないが、私は決して「武士は食わねど高楊枝」
みたいな態度を好きなのではない。私は自分が今日食べ
るものに事欠くようになったら、他家のゴミバコの中を
漁り、乞食でも何でもして、握り飯一個でも投げ与えら
れたら、「ああ、よかった」と手放しで喜ぶだろう、と
いう自信がある。なぜなら、そのような反応は自然だか
らである。
 しかし人間は、それなら自然なことだけしていればい
いものだろうか。この場合の「いい」という言葉は、道
徳的なものではなくて、「それで済むだろうか」という
意味である。私が乞食のように受けようとしている施し
は、あくまで肉体を養うかてである。しかし精神は肉体
と、決して同じような養い方をされない。
 今、偶然、乞食という言葉がでたので、先にそのこと
にふれよう。乞食というものは戦後の混乱期を境に、日
本からいなくなった。本当に生活に困る人は、物乞いを
しなくても、一応の生活保護を受けられるようになった
のである。今の日本をよくないとしきりに言う人が、乞
食がいなくなっただけでも、日本は確実によくなったの
である。私の小さい頃、スキヤ橋の上には、必ず乞食が
いた。今にして思えば、乞食は哀れっぽくなければお貰
いが少ないから、彼らはわざと意識的にみすぼらしくし
ていたのかも知れないが、子供の私からみると、彼らは
本当に悲惨だった。着ているものはボロボロで、それら
は一様に、コーヒーで煮しめたような色をしていた。眼
が悪かったり、痩せた子供を抱いている母親の乞食もい
た。
 一国に、乞食がいるのがいいのか、いない状態がいい
のか、と言ったら、もちろん、いないに越したことはな
いのである。しかし、乞食という経済的、社会的、心理
的状況を見せつけるという点でだったら、乞食の存在は
きわめて教育的だった、と私は思っている。荒っぽい言
い方をすれば、乞食がいなくなった頃から、日本の教育
は、おかしなことになりかけた、という気もしてならな
い。
 乞食をして食うことがなぜいけないか、ということに
対して答えることは、実は意外とむずかしい。少くとも
私には、一応手数がかかることである。まず第一に、私
の中に乞食というものの概念が単純ではない。印度では
一つのれっきとした職業であると聞かされた。それに乞
食はいけないというが、誰の心の中にも、怠けたい心は
あるであろう。何もしないでごろんと寝ていると、天か
ら一万円札が一枚降って来るとか、目がさめると目の前
に、おにぎりが一個ころんと置いてあるとかいう情景を、
一度も想像したことのない人間がいるだろうか。誰の中
にも乞食根性は存在するのである。第一、こちらから「
乞う」かどうかは別として、私たちが今日生きているの
は、すべて他人のお蔭である。他人から与えられている
のである。与えられる、という形態から言えば、乞食と
同じである。
 ただ、どこが違うかと言えば、乞食は感謝をしない、
ということである。私たちは小さなことをしてもらって
も、多くの場合、そのいわれがないから感謝する。しか
し、乞食は一応「ありがとうございます」と言うが、十
銭くれた客には、なぜもう十銭くれないか、と思うので
ある。
 私は東南アジアの国で、乞食をする子供に何度かお金
をやった。彼らは本当に食うに困っている場合もあるし、
貰えれば貰っただけトクだ、という気持で、乞食をして
遊んでいる子もいたと思う。そのうちの一人に金をやる。
すると、さっと仲間にとられないように、反対の手に握
りしめて、又もや性こりもなく手を出すのもいる。一度
くれた人は二度とくれないだろう、とも考えない。地球
上のあらゆる人種は、日本人よりしつっこいのではない
かと思った時もある。

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他人よりトクをしたがる新しい乞食層
 さて、戦後、日本には乞食がいなくなった。本当にい
なくなったのだろうか、と思うと、私はそう思えない。
ボロボロのなりをした外見上の乞食こそ減ったが、いい
ナリをした精神的乞食はむしろ、その数がふえたのでは
ないかと思われる。
 私の友人が或る時、グアムへ行った。団体だったので、
グループの中には若いお嬢さんたちもいた。彼女らは大
学生だったり、OLだったりした。冬休みにグアムに行
けるくらいだから、彼女らは経済的に余裕のある生活を
許されている人たちと見るべきであろう。その彼女らの
話をちらほらと聞いていた私の友人は驚嘆した。このい
い生活をしている、知的なお嬢さんたちは、こういう言
葉遣いばかりするのである。
「あのさ、黄色いシャツ着てる学生いるじゃん。あれに、
おごらせちゃおよ」
 朝帰りに近い時間に、別の彼女たちはどこからともな
く帰って来る。
「どこへ行ってたの?」
「飛行機の中にいた眼鏡のおじさんさ、あの人がおごっ
てくれたの。トクしちゃった」
 彼女たちが何をしたかは知るよしもないが、これら牝
犬のような娘たちの情熱は一つだけである。それはどう
したら自分のお金を使わないで、おもしろいことができ
るか、ということである。
 私の友人は溜息をついた。恐らく彼女たちは東京へ帰
ったら、学生やおじさまと、ハメをはずしたことなど、
おくびにも出さない生活に戻るのだろう。
「私、自分の娘を友人とだけで、グアムになんかやらな
いわ」
 と私の友人は言う。そうであろうが、グアムにさえや
らなければ、これらの娘たちの精神的な乞食根性がなお
る、というものでもない。
 これらの娘たちの貧しい心は、それならば、どこから
生れて来たのだろうか。それは恐らく彼女たちの性格だ
けではない。その周囲に、(多くの場合は親に)彼女たち
のそのような精神のヒナ型がすでにあるのだと思う。
 或る時、又別の友人が来て、おもしろい話をしてくれ
た。
 そこのうちの娘が学校で後の席に坐っている女の子に、
習字の時間に悪戯をされた。もちろん、やった方も、大
した悪気はなかっただろうが、「いやあねえ」とふり向
いた拍子に墨汁がはね飛んで、いたずらをした当の相手
の白シャツにかかってしまった。するととたんに、その
女の子は、「私のシャツを汚して、どうしてくれるのよ」
と居なおり始めた。
「家へ帰って来て、娘がぶうぶう言うのよ。その子が、
あんな悪戯さえしなけりゃ、墨汁飛ばすことなんかない
のに、向うが悪いんだから、何も怒られることなんかな
い、って言うの。でも、シャツ一枚のことで、後にいや
な思いを残すのもいやでしょう。だから新しいのを買っ
て、弁償することにしたのよ」
 娘は必ずしも納得したわけではなかったが、母親はそ
れを黙らせた。ところがそれでは事は決着しなかったの
である。シャツは学校の前の文房具屋が扱っていたので、
そこで買って、相手に渡したのだが、その日の放課後に
友人の娘は、新しいシャツを弁償してもらった同級生が、
そのシャツを文房具屋に返しに行っている光景を見てし
まったのであった。きっとサイズをまちがってしまった
とか、口実をつけたのだろうが、文房具屋の方では、包
装の封を切ってもいないものだから、そのまま引とった
らしいのである。つまりこの子は、墨汁のついたのを言
いがかりに、シャツを一枚、相手から取り、それを売っ
てたちどころに小遣いのたしにしたのである。
 私の知人がシャツを弁償したのは、相手がきれいなシ
ャツを着ていたのを娘の墨汁で汚したのだから、再び、
きれいなシャツを着てもらおう、ということだったので
ある。もし少し厳密に言えば、新しいのを贈ったら、古
い汚れた方をもらってもよかったのである。しかし、そ
んなことは普通言わないものだ。友人の娘がそれを見て
いて、「だからあんなこと、してやらなくたってよかっ
たんだよ。ママは甘いんだよ」と文句を言ったのも当然
であろう。
 私はシャツを売った相手の娘のことを考えた。恐らく
彼女は(当時小学校五年生くらいだから)自分一人で、そ
ういうことを思いついたのではないだろう。お歳暮など
を貰うと、母親が贈り主の好意を考える間もなく、これ
とこれは、デパートへ持って行って、他のものと換えて
来るか、ビールは酒屋に引とらせよう、というような計
算ばかりしているのを見て、そのような処世術を身につ
けたのであろう。
 贈りものは多くの場合とんちんかんになるであろう。
しかし、贈られた側はその好意を感謝し、多少趣味が違
っても、できれば贈られたものを使いこなしてみよう、
とするのがその本筋である。たくさん贈られる人は多く
の場合、権力か地位を持つ人だろうが、そこに感謝がな
い時には、乞食も同じなのである。
 私は「トクをする」という言葉がかなり嫌いである。
トクをしたこともあるし、トクをすればシメシメと思わ
ぬでもないが、トクをするというのは、不当に報いられ
ることだから、不安定な状態でいやだし、恥ずかしさも
つきまとう。しかし、世間にはトクをしようと目の色を
変える恥知らずな母親たちの何と多いことか。特売場で
人を押しのけて品物をかかえこんだり、景品もらいたさ
に列を作って開店前から並んだりすることに抵抗を覚え
ない、ということは、やはり私からみると、一種の乞食
根性である。こんなことを言うと、必らず私はこう言っ
て非難される。あなたは経済的に困っていないからそん
なことが言えるのよ。しかし、私はそれにも答えがある。
私はその言葉を受けることにしよう。しかし私の知り合
いのおばさんに、一人で住んでいて、体は達者だけど、
いつも、六、七万円くらいしか持っていない人がいる。
息子たちがそのお金がなくなる頃には、少しくれるかも
知れないが、当てにできる状態ではない。その間に、彼
女は近所へ手伝いに行って、少しお金を貰って来ること
もある。年なので、毎日は続かないが働きに出ない日に
は、彼女は、もらって来た石油のカンカラの中に、小松
菜や三ツ葉を植えている。彼女は働いて自分の食べる分
を何とかして得ようとしているが、決して不当にトクを
しようとして、浅ましいことはしないのである。これが
人間的な感覚というものである。
 私は娘や息子が、トクをすることに夢中になりトクを
した時に目を輝かせるようになったら、それだけで絶望
するだろう。彼らは新しい乞食層である。彼らはスキヤ
橋の上の外見的乞食がいなくなった時に、むしろ新種と
して現れて来たのである。
 私はここで再び、乞食根性について考える。

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もらう立場にたつ人の人生はいつもみじめである

 日本に社会補償制度がまだ一応であはあるが、行きわ
たったのと時を同じくして、日本人の心も堕落して来た。
とにかく、社会から、会社から、××から、とったらト
クだという思想である。それが人間の権利だ、という考
え方である。
 政治をする方の側としては、あらゆる形で不運に会う
人々を救うようにするべきである。しかし、これは決し
て救われる側の論理とはならない。ここを明確にすべき
である。
 終戦直後は土管の中に寝ていた、働くこともできない
戦災による身体障害者がいたとしよう。彼は或る時、か
りに、三万円生活保護を受けているとする。二万五千円
しか貰っていなかった頃は、三万円になったら、どれだ
け楽かと考えた。しかし、三万円貰って、つくづく世の
中を見てみると、現在、人間が人間らしい生活をするに
は五万円くらいくれるのが当然だという気がして来る。
かりに政府が明日、生活保護の費用を値上げして五万円
にするとする。すると、彼は隣に住んでいる男のことを
考える。隣人は大工である。自分も体さえまともなら大
工として働けていた筈だ。とすると、空襲によって両脚
を失った自分に対しては国家は大工の月給と同じくらい
の金をくれてもよさそうなものだ。
 この身体障害者だけではない。エリザベス・テーラー
とジャクリ―ヌ・オナシスは、お互いに、何十カラット
のダイヤをめぐって争ったとか、書かれるが、私たちか
らみたらなくたって少しも困らないダイヤまで、人間は
それが積極的な不幸の種になるのである。
 乞食根性は誰にでもある。それは或る意味では自然な
ものである。しかしそれが一つだけ困る点がある。
 それは人間はひとからもらう立場にいる限り、決して
満足することもなく、幸福にもなれない、という現実で
ある。人間は病人であろうが、子供であろうが、老人で
あろうが、他人に与える立場になったとき、初めて充ち
足りる。老人の不幸は、「してもらえない」「くれ方が
足りない」ということばかりである。老人ばかりでない。
世の中の不幸の殆んどは、こういう物の考え方から生ま
れるのである。
 この頃、教育界に、「他人に役立つ人間となる、とい
う思想はいらない。自分に役立ちさえすればいい。なま
じ他人の役に立ったりすると、それは資本主義に奉仕す
ることになる」という考え方があるのだという。
 こういう先生は、大いにその通りに生きられたらいい。
しかし、この人は、一生不満のままに反抗的な人生を送
るだろうし、我々としてはこのような人生のサギ師にか
かずらわっていると、とり返しのつかないことになる。
「トクをしよう」などと思うことは、精神のまずしさで
ある。トクをするというのは、労せずして、得ようとい
う乞食の発想である。そして乞食の姿勢でいる限り、人
間は、自分がこの地上に生れて生きていることに意義が
あり、自分の存在を他人が喜んでくれ、しかも自分は他
人に役に立っている、自分は他人に与えているのだ、と
いう人間として最も光栄ある充足感を一度も味わずに、
挫折感に満ちたまま生涯を終ることになる。そして、子
供を、乞食根性に仕立てるかどうかは、その父兄の姿勢
一つなのである。

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