小倉山に日が沈んで、余光が茜色に空を染める。また
たく間に宵闇が嵯峨野を蔽う。
二尊院から杉の並ぶ小道を歩く。去来の墓を過ぎ、竹
薮のそば通って落柿舎の横へ出る。この道の虫の声の、
なんと美しく、澄んで可憐であることか。こんなに複雑
な音色が、自然にハーモニイとなって奏でられることに
驚く。私には、はじめてのことのように感じられた。い
つまでも耳に残った。
野々宮を訪れた。黒木の鳥居をくくると、小さな蝋燭
が一本、献燈の棚にともっている。人影はなかった。野
々宮を出て、垣根沿いに竹薮の間の暗い道を歩いた。こ
こでも虫の声はしきりである。足許にまばらな影がゆれ
た。振り返ると、丸い月が仰がれた。
大覚寺へ行き、大沢の池の堤に沿って歩く。池は向う
の岸の並木の黒い影と、陰暦七月十五夜の月を映して静
まりかえっていた。
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